第3話 脱出不可
ユニスの帰還玉は発動しなかった。
一瞬動きが止まったユニスは、我に返って慌てて転がった帰還玉を拾い、再度地面に投げつけた。今度は力いっぱいに。
パキンッ!
しかし今度も帰還玉は魔法陣を作り出すことはなく、地面にたたきつけられたことで粉々に砕けてしまった。
「・・・なんてこった。」
ユニスの帰還玉は不良品だったのか、魔法陣を作り出さなかった。このままではユニスは帰還できない。
ユニスが絶望感に包まれて呆然としていると、後ろからプリシラが近づいてきた。
「ユニスさん!」
その声にユニスは驚いて振り返った。プリシラがまだ残っているとは思っていなかったからだ。帰還玉を使う時間は十分にあったはずだ。
「な・・・、お前何やってんだ。早く帰還玉を使え。サイクロプスが来る前に!」
ぐずぐずしてるとサイクロプスに殺されてしまう。ユニスはプリシラに速く脱出するようにと叫ぶように言った。
しかし近づいてきたプリシラは、悲しそうに首を振った。
「私の帰還玉も使えなかったんです。魔法陣が発動しませんでした。」
そう言ってプリシラは手のひらの上にある帰還玉をユニスに見せた。
「何だと・・・」
ユニスはプリシラの手の上にある帰還玉を見つめた。
(俺とプリシラの帰還玉が連続で発動しなかった。そんな偶然ってあるのか・・・?)
ユニスは少しの間思いを巡らし、そして一つの結論に達して顔を上げた。
「あいつら、やりやがったな。」
ユニスは1割の得心と9割の怒りとが入り混じった表情で怨嗟の声をあげた。ユニスは理解したのだ。バーゼルに”ニセの帰還玉”を持たされたことを。
帰還玉の不良がたて続けに2度おこるなんてほぼあり得ない。考えられるのはバーゼルがギルドから帰還玉を受け取ったときにすり替えて、偽物をユニスたちに渡したということだ。
本物の帰還玉はバーゼルが持っていて、もしユニスたちが死んだときには何食わぬ顔で本物の帰還玉を売りさばこうとでも考えていたのだろう。
ユニスもプリシラも、彼ら3人とは違い臨時のパーティメンバーだ。「レベル調整要員」として雇われたに過ぎない。彼らにとってはユニスたちが死のうがどうなろうが全く痛みを感じない。それより死んだときに帰還玉を売りさばいたほうがよほど得だと考えたに違いない。
ズン、ズン・・・
ユニスは、耳に入ってきたサイクロプスの足音で我に返った。振り返れば、サイクロプスが間近に迫ってきていた。
(今は奴らの事を考えてる場合じゃない。どうやれば生きて出られるのか、すぐに考えて行動しなければ。)
ユニスは意識を切り替え、プリシラの手を掴んだ。
「走るぞ。まず奴から離れるんだ。」
「は、はい。」
言うや否や、彼はプリシラを引っ張るようにして駆けだした。
「グギャオオォォ!」
二人は壁際を走る。それをサイクロプスは雄たけびを上げながら追いすがる。
幸いサイクロプスはあまり素早くないため、2人の速さならば追いつかれることはない。ただそれは2人が疲れなければの話だ。走り続けていれば必ず疲れる。そうなればもう走ることなどできない。
それにただ逃げたところで、このボス部屋を脱出できる算段は今のところ全くない。ボス戦中はボス部屋の扉が開くことはない。扉が開くのは、ボスが倒されるか、全滅するか、帰還してボスだけ残るか、そうなった場合だけだ。
帰還玉が使えないとなると、もうボスを倒すしか生きて戻れる方法が無いのだが、2人の力でサイクロプスが倒せるなんて妄想以外ではありえないことだ。
絶体絶命、脱出も不可。
だがこんな状態でもユニスはあきらめるつもりはなかった。
(俺はまだあきらめない。あきらめなければチャンスはあるはずだ。)
実はユニスにはかすかな希望があった。それは本当に万分の1も無い可能性だったのだが、ユニスにとっては縋りつきたい最後の希望でもあった。
「グギャオオォ!」
サイクロプスが追い付けないことに腹を立て、石を拾って投げつけてきた。
サイクロプスは剛速球を投げたが、コントロールは良くなかった。石はユニスたちには当たらず、側壁に当たって砕けだ。
しかし、砕けた破片の一つが運悪くユニスの側頭部に当たった。
「うっ」
石が頭に当たったユニスは、よろめいて倒れそうになった。
「ユニスさん!」
プリシラの声に呼び戻されたのか、ユニスは何とか意識を手放さなかった。ただ頭を揺らされてしまい、ふらふらして満足に走れそうにない。明らかにスピードが落ちている。
「・・・お前、先に逃げろ。」
ユニスはプリシラに言った。今のユニスは満足に走れず、足手まといになる。プリシラだけならまだ逃げることはできる。
「何を言ってるんですか。ユニスさんを置いて逃げられません。それに、どこに逃げればいいんですか」
プリシラは一人で逃げることを拒否した。それを聞いてユニスは『信じられない』という表情を浮かべたが、言葉には出さなかった。、
確かに何か当てがあって逃げているわけじゃなかった。ただ可能性を捨てきれないまま走っているだけだ。このままではまずいのは2人ともわかっている。だからフラフラになりながら、必死に”何か”を探していたのだ。
その時、プリシラが叫んだ。
「あ、あれを見てください。」
プリシラが指さす方をユニスが見ると、大岩が露出した辺りに隙間が見えた。大きさは人がやっと通れるくらいだろう。
「あそこに、ハア、ハア、行ってみましょう。」
息を切らしながらプリシラが言う。もう逃げるのも限界そうだ。
隙間の奥がどうなっているのか分からない。もしかしたらすぐに行き止まりかもしれない。しかし今はそれに懸けるしかないようだ。
「分かった。行こう。」
ユニスも同意し、2人は進行方向をやや変えて隙間に向かって力を振り絞って走った。
隙間に近づくとそれは思ったよりも狭く、這ってやっと入れるくらいの大きさだ。
しかし今さらえり好みできない。サイクロプスは間近に迫っている。
「ハア、ハア、早く入れ!」
ユニスはプリシラを先に入れた。
「ハア、ハア、奥に、行けそうです!」
隙間は幸運にも奥行きがあるようだ。プリシラの言葉にユニスも続いて隙間に入った。隙間の中は暗く、その奥に何があるかわからない。だが進まないと死が待っているだけだ。ユニスは必死に這って進んだ。
ようやく追いついたサイクロプスが手を伸ばしてユニスの足を掴もうとする。が、すんでのところでユニスが足を引き、サイクロプスの手から逃れたのだった。
2人を捕まえきれなかったサイクロプスは隙間の前で身をかがめ、そこに手を入れようとした。しかし太い腕が引っ掛かってしまい奥まで届かなかった。
サイクロプスはしばらく未練がましく手を突っ込んで探っていたが、やがて手を引き抜いて立ち上がると、
「グギャオオォォォォォォォォォ!」
と悔しがるような雄たけびを上げた。
雄たけびは隙間の中の2人の耳にも届いた。暗がりの中の2人は疲労から動くことも出来ず、息を整えながらただじっとそれを聞いていた。
しばしの時が経ち、2人の息が落ち着き、そして次第に暗さに目が慣れて隙間の内部が見えるようになってきた。
ユニスたちは周りを観察する。
その隙間は大きな岩が重なってできた隙間のようで、岩のでっぱりなどにより、不規則に広くなったり狭くなったりしていた。
2人が今いる場所は少しだけ広い空間で、ようやく2人座れるだけのスペースしかない。しかしもうこれ以上は狭すぎて進むことは出来ず、またこれ以上広い場所も無いため、2人は必然的にそこに並んで座るしかなかった。
「こんな場所が偶然あって、ラッキーでしたね。」
プリシラが明るく言った。確かに敵が届かない場所を見つけられたことは幸運だった。
「そうだな。」
ユニスはプリシラに同意しながら、頭は別の事を考えていた。
今は一時的に逃げ切れた。だが絶体絶命な状況は変わっていない。ボス部屋は、ボスが死ぬか自分たちがいなくならなければ扉は開かない。だから外からの救援も入れないため全く期待できない。
サイクロプスは狭くて手出しできないようだが、ここに居続けても結局逃げることはできず最後には飢え死にするだけだ。
(つまりサイクロプスを倒すしか、俺たちが外に出る方法はないってわけだ。だがどうやれば倒せるか・・・・)
ユニスは首に下げていたギルドカードを取り出した。
ギルドカードは、ギルドが発行する冒険者の身分証明書のようなものだ。大きさは手のひらで持てる程度で、冒険者は全員持っている。ユニスのギルドカードの表にはユニスの名前と共に、大きく冒険者ランクが「E」と記載されていた。
しかしユニスはそれを確認するために取り出したわけじゃなかった。ユニスは自分のカードを裏向ける。そこには一番上に「ステータス」と書かれていて、その下に文字と数字が並んでいた
「ステータス」
名前:ユニス
ランク:E
職業:戦士
レベル:1
SP:0
体力: 20/30
魔力: 0/0
知力: 19
筋力: 26
敏捷: 18
器用: 10
耐久: 17
能力
剣術 LV3
体術 LV2
・・・・
・・・・
実はギルドカードの裏は「ステータスボード」になっていて、所有者の現在のステータスや能力が分かるようになっているのだ。
ユニスは自分のステータスのある部分を忌々しそうに眺める。
「レベル:1」。
この数字はユニスが冒険者となって3年間、全く上がらなかった。そのため他のステータス数値も全く変わっていない。いわば見慣れた数字なのだ。変わったところと言えばランクが最初のFからEになったところと、剣術、体術の能力アップくらい。これはギルドの貢献に対しての格付けと、技術使用による向上なので、本人のレベルとは関係ない部分だ。
ユニスは視線を下に移動し、ステータスのうち、ある表示に目を止めた。
「特殊能力:箱(LV1) ・・・」
ユニスはそれをじっと眺め、そして指でその表示部分をトントンと軽くつついて、そしてハァとため息をついて顔を天井に向けた。
「これが使えればなぁ。」
それは、そばにいるプリシラにも聞こえないほどの小さなつぶやきだった。
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