第2話 サイクロプス

 ゴーレムの上位互換イレギュラー、サイクロプスがボス部屋に現れた。


「な・・・なんだアイツは。いつものゴーレムじゃねえじゃねえか。」


 スコージオが上ずった声で文句を言うが、ボスの異様さに圧倒されて、迫力は全くない。


「・・・あれはサイクロプスだ。」


 イゴがつぶやくように、2人に教えた。彼はどうやらサイクロプスを知っているようだった。


「何だと、サイクロプスだと。強さはどうなんだ?レベルは?」


 バーゼルが以後に矢継ぎ早に問う。イゴはバーゼルを見て、ぼそりとした口調で言った。


「レベルは、25だったはずだ」

「レベル25だとぉ!」


 バーゼルが叫んだ。バーゼル達のレベルは3人とも15。通常ボスのゴーレムのレベルも15。もしボスがゴーレムだったら3人で楽々倒せる相手だ。

 しかし今回のサイクロプスはレベル25という。

 一般的にレベルが1上がれば強さは2割増しになると言われている。レベルが10違えば、積算すれば簡単に5倍を超える。つまりサイクロプスはゴーレムの5倍以上の強さなのだ。


「あ・・あわわ・・レベル25・・・」


 スコージオが怯えたように半歩後ずさる。彼はサイクロプスに完全に飲まれていた。


「落ち着けスコージオ。いくらレベルが高くても3人でかかりゃ何とかなるだろうよ。」

「あ・・ああ。」


 バーゼルに励まされたスコージオが少し落ち着きを取り戻した。しかしそう励ましながらもバーゼルとイゴは額に脂汗をかいていた。並大抵の敵ではないと分かっているからだ。

 サイクロプスが完全に姿を現すと、バーゼル達3人を見つめ、そして上を向いて大きく口を開けた。


「グオオォォォォォォォォォ!」

「「「「「!!」」」」」」


 洞窟内がビリビリと震えそうな雄叫びを放った。その力強さは5人が恐怖を感じるには十分すぎるほどだった。


 遠くから様子を見ていたユニスは、「チッ」と舌打ちした後、後ろを振り向いてプリシラに行った。


「帰還玉をすぐ使えるようにしておけ。」

「は、・・・はひっ」


 サイクロプスに呆然としていたプリシラは、ユニスの言葉に我に返って咬みながら返事をした。


 『帰還玉』というのは、その名の通り使用すればダンジョンの中から脱出して入口まで帰還できるアイテムだ。2cmくらいの小さな丸い玉で、地面に落とせば帰還用の魔法陣が発動する。

 この帰還玉というのは高価で、普通の冒険者がたやすく購入できるようなものではない。ギルドとしては冒険者の生存率が上がる帰還玉をどうしても持たせたいと考えていたが、なかなか価格は下がらず、帰還玉は普及しなかった。

 そこで20年ほど前に帰還玉に関するギルド規則が新たに作られた。

 ダンジョン探索において各人の帰還玉の所持が義務付けられた。と同時に、高額の帰還玉への対応として、冒険者に月々定額料金を払ってもらい、代わりに探索開始時にギルドから帰還玉が冒険者に渡され、戻って来た時にそれをギルドに返却する、という仕組みを作った。いわば「保険料」のようなものだ。

 このギルドの仕組みは効果を発揮し、それ以降冒険者の生存率が大幅に改善されたのだった。



 ユニスたちの前方では、バーゼル達とサイクロプスとの戦いが始まっていた。


「イゴ、ヤツを止めろ。スコージオはヤツが近づく前に魔法をたたき込め!」


 バーゼルの指示が飛んで、スコージオがファイヤーアローを放つ。ファイヤーアローはサイクロプスに直撃した。が、皮膚にわずかな火傷を与えたくらいでたいして効いた様子は見えない。

 3人に近づいたサイクロプスは、イゴに向かって棍棒を振り下ろした。


ゴッ!


 サイクロプスの棍棒はイゴの楯により防がれた。しかし完全に防がれたわけではなく、イゴはたたらを踏んで2歩ほど下がった。

 そのイゴの横を飛び出したバーゼルが、サイクロプスの腕に向かって大剣を振り下ろした。


ガシィッ!


「く、硬ぇ。なんて硬さだ。」


 バーゼルの剣はサイクロプスの右腕を切りつけたが、剣は深く通らず、わずかな傷が出来たのみだった。

 バーゼルがヒット&アウェイでイゴの後ろに下がり、スコージオが魔法を撃ち込んでいく。

 しかしサイクロプスは意に介さず、イゴに向かって棍棒を連打した。


「・・・くっ」


 イゴの顔が苦痛にゆがむ。レベル差が大きい魔物の打撃にそうそう耐えられるわけではない。

 イゴはバランスを崩して後退した。そのタイミングでサイクロプスは今度は横殴りにイゴを撃ち付けた。


「がっ!」


 横からの攻撃に対応が間に合わず、イゴが叩き飛ばされて地面を転がっていく。


「イゴ!」


 バーゼルはイゴの飛ばされた方を見た。イゴはうめいて顔を上げた。意識はあるようだが起き上がるのは難しそうだった。

 サイクロプスは今度は標的をバーゼルに変え、棍棒をたたきつけて来る。

 バーゼルは間一髪で右に避けたが、そこにさらにサイクロプスの左拳が迫った。


「ぐわッ」


 寸前で体の前に大剣を差し入れたが、それだけではサイクロプスの拳は防げず、バーゼルは後ろに吹っ飛ばされた。ちょうど飛ばされた先にスコージオがいた為、2人はぶつかり合って地面に転がった。

 剣のおかげでダメージを減らせたが、代わりに剣が手を離れて壁際まで吹っ飛ばされ、バーゼルは武器を失ってしまった。


「ひ・・ひいい。敵わねえ、コイツは敵わねえよ。逃げようぜ!」


 起き上がったスコージオが怯えて喚く。

 バーゼルは逃げると聞いて一瞬不機嫌そうな顔をしてスコージオを睨んだ。しかしこれ以上サイクロプスと戦っても勝てる見込みはないのは明らかだ。剣を取りに行きたいがサイクロプスはそこまで迫っている。

 バーゼルは悔しそうに舌打ちをし、そして全員に伝えるように声をあげた。


「逃げるぞ。帰還玉を使え!」


 それを聞くや否や、スコージオは帰還玉を地面にたたきつけた。スコージオの周りに魔法陣が光り、そしてすぐに彼ごと消えていった。

 少し遅れてバーゼルも帰還玉を使い脱出する。大きなダメージを受けていたイゴもなんとか帰還玉を使えたようで、魔法陣とともに消えていった。


 ユニスとプリシラはまだ帰還玉を使っていなかった。サイクロプスと距離が離れていたため、時間的に余裕があったからだ。

 それに冒険者の中には自分たちよりも先に帰還玉を使うことに難癖をつける奴らもいる。

『後ろにいたやつが先に帰還玉を使うんじゃねえよ。』

といった感じで。

 残念ながら今回のパーティリーダーは”そんな奴ら”の部類に入る。

 

 3つの魔法陣を見たユニスは、プリシラに向かって言った。


「よし、俺たちも脱出するぞ。」


 そう言って彼は勢いよく帰還玉を地面にたたきつけた。


カツンッ

 

「・・・なに!?」

 

 しかし、ユニスの帰還玉は魔法陣を作り出すことはなく、硬い音を残して地面を跳ね転がっていったのだった。

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