フォーチュン・イン・ザ・ボックス ~幸運は箱の中に~
灯火楼
第1章
第1話 ボス部屋のアクシデント
ここはバランの塔、初級ダンジョンの最上階である10階、そのボス部屋の前。
そこに、1組の冒険者パーティが近づいていた。
パーティは、20歳を超えたくらいの男が3人と、10代半ばくらいの少年と少女が一人ずつ、全部で5人。
彼らはいかにもボス部屋らしい装飾を施された重厚な扉を前に立ち止まる。そして、一人の男が扉に近づき、扉を見上げながらこう言った。
「やっと着いたぜ。いつもながら、ここまで来る時間がめんどくせーな。」
この男の名はバーゼルという。
彼はこのパーティのリーダーだ。歳は23歳で、職業は『剣士』。典型的な前衛で、体は大きくがっしりしており、愛用の大剣を振り回してパワーで押し切る戦いを得意とする。
「全くだ。ボスのドロップ品がレア物じゃなかったら苦労した意味がねえな。頼むから高価なものが出てくれよな。」
そうバーゼルに話すのは職業『魔法使い』のスコージオ。
外見はやせ形で細面。髪の毛は肩の下まである、いわゆるロン毛だ。攻撃魔法が得意で、いかにも魔法使いらしい装備をしている。
「な、イゴもそうだろ。」
スコージオは隣に立つ小男に同意を求めた。
イゴと呼ばれた男は、身長は150cmくらいと小柄だがかなりの筋肉質で、いわゆる『ずんぐりむっくり』という体型をしている。職業は『正騎士』。自分の身長以上もある大きな盾を背負っており、戦闘ではパーティの防御を一手に担っている。
イゴはスコージオを見ずに前を向いたまま
「・・・俺は戦えるだけでいい。」
と、抑揚のない低い声で言った。
「ケッ、戦闘バカのお前に聞いたのが間違いだったよ。マゾには金の魅力がわからねえんだな。」
スコージオはからかうように話を打ち切った。イゴはちらりと彼に目だけを向けたが、それだけで何も言わずにまた視線を戻した。
「おい、無駄口叩かねえでそろそろ行くぞ。」
バージルはそう言うとさらに顔を後ろに向け、そこにいた少年と少女に向かって言った。
「おい、レベイチ、プリシラ。準備はいいか。」
「は、はい。」
プリシラと呼ばれた少女は慌てて返事をした。
もう一人の少年の方は、バーゼルをキッと睨みつけて言った。
「俺はレベイチじゃねえ。ユニスだ。何度も言ってるだろ。」
「てめえはあだ名で十分なんだよ。お情けで連れてきてもらえるだけのレベル調整要員が口答えすんじゃねえ。」
バーゼルはユニスの抗議を取り付く島も無く一蹴した。ユニスは睨んだ目をバーゼルからそらして「チッ」と小さく舌打ちした。その様子をプリシラは心配そうに見ていた。
少年にはユニスという名前があるのだが、バーゼルからは「レベイチ」と呼ばれている。その理由は彼のレベルが「1」であり、しかもレベルが全く上がらないからだ。
彼が冒険者になってすでに3年が経つ。普通ならLV10くらいにはなっているであろう期間なのだが、彼のレベルは1のまま変わっていない。
永遠のレベル1、だから『レベイチ』。
ユニスのレベルがなぜ1のまま変わらないのか。理由は判っている。判ってはいるのだが、今の彼ではそれを解決することができない。しかし彼はあきらめてはいなかった。
(何とかしてレベルを上げたい。方法は必ずあるはずだ。絶対見つけ出してやる。)
そんな思いを心に秘め、彼は心無い冒険者から蔑まれながらも、希望を捨てずに冒険者を続けているのだった。
「よし、んじゃあ行くぜ。」
バーゼルはボス部屋の大扉に手を当てて押した。扉はさほど力を入れることなくゆっくりと開いていった。
扉が開かれて部屋の中を見る。そこは光が無く、暗闇が広がっていた。
「入るぞ。」
バーゼルの声とともに5人は開かれた扉を通って暗闇の中へゆっくり進んで行った。そして5人全員が扉を通過した後、扉はゆっくりと閉まった。
5人は暗闇に包まれたが、それは僅かの間だった。ボス部屋の明かりが灯り始め、やがて部屋の全体が見渡せるくらいに明るくなった。
「お、今回は洞窟か。じゃあゴーレムがボスだな。」
バーゼルがつぶやくように言う。
ボスはランダムで出てくる。初級ボスは3種類で、ゴーレム、ワイルドウルフ、ダークメイジの3体のいずれかが出現する。それぞれのボスが出現する部屋はそれぞれ固有の背景があり、今回の洞窟形状の場合はゴーレムが出現することが知られている。
「お前ら、邪魔せず後ろに居ろよ。」
スコージオがユニスとプリシラに乱雑に命令する。もとより2人は戦闘に参加するつもりはなく、スコージオの言葉に従って壁際に移動した。
先ほどバージルがユニスの事を『レベル調整要員』と言ったが、プリシラも同じく『レベル調整要員』だ。2人はもともと戦闘の頭数に入っていない。ボス戦はバージル、スコージオ、イゴの3人で戦うのだ。
後ろに下がり、プリシラは壁を背にして立ち、その前にユニスが剣を抜いて身構える。そんなユニスを見てプリシラが言った。
「あの・・・ユニスさん。ゴーレムは取り巻きもいませんから、そんなに気を張らなくてもいいんじゃないでしょうか。」
ユニスはプリシラをわずかに振り向き、そしてすぐに前を向いて言った。
「俺はボス戦だからって気を抜かない。」
それはただ淡々とした感情のこもっていないような声だったが、それを聞いてプリシラは安心することが出来た。
「ありがとう。今回もよろしくお願いします。」
プリシラがユニスに感謝を伝えるが、ユニスはまるで聞いていないかのように前を向いたままだった。
前方では部屋の中央付近の床に魔法陣が輝き、下からせり上がって来るようにボスが登場しようとしていた。
その姿を見て、ユニスはハッとして剣を構えなおし、そして一言つぶやいた。
「・・・おかしい。」
ほぼ同時に、バーゼル達も異常に気付いた。
「あ?なんだありゃ。」
出てくるボスは岩でできたゴーレムのはずだった。バーゼル達は何度か戦っているし、ユニスも戦闘はしていないながら何度か見ている。見間違うはずはない。
しかし魔法陣から出てきたボスは見慣れたゴーレムではなかった。大きさは4mくらいとゴーレムと同じだったが、いでたちが全く違う。筋肉質の体、青色の皮膚、手には棍棒を持ち、頭には1本の角が生え、そして目は1つだった。
「あれは・・・まさかサイクロプス!」
ユニスの驚きが声に出る。後ろから見ていたプリシラもその姿を見て息をのんだ。
ユニスはギルドの資料で見たことがあった。
サイクロプスは動きはやや遅いが力が強く魔法もあまり効かない。ゴーレムと比べれば、力、早さ、耐久性すべてにおいて上回る、いわば上位互換的な存在だと。
そして、初級ボスのゴーレムのイレギュラーとして稀に現れることがある、と資料にはあった。
「イレギュラーをひいちまったのか・・・」
そうつぶやくユニスの声には緊張が漂っていた。
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