第8話 プリシラの過去

「私の父と母は、冒険者でした。」


 語り始めたのは、彼女の過去の話だった。


「私はこのバランの街から東に5日ほどの距離の、ロートレという小さな街で育ちました。父と母は、その街を拠点に夫婦で冒険者をしていました。冒険者としては結構お有名だったらしく、様々な冒険者が家を尋ねてきていたことを、幼いながらも覚えています。

 私には両親のほかにもう1人家族がいました。1歳違いの弟で、名前をロータといいます。ロータと私はとても仲が良くって、いつも一緒に遊んでたんです。」


 プリシラの話を、ユニスはプリシラの横顔を見ながら聞いていた。彼女は薄明りの中でも分かるくらいの美少女だ。その美少女が少しうつむきながら間近で語っている。

 ユニスには、彼女の横顔には悲しみが含まれているように見えた。ユニスはその理由がおぼろげに分かっていた。なぜなら彼女の話はすべて過去形で語られていたからだ。


「でも、私が8歳の時、父と母は依頼で出かけたきり帰ってきませんでした。他の冒険者たちが協力して方々を探しても見つからず、ギルドでは今は長期行方不明者として死亡扱いになってます。」


 プリシラの顔の浮かぶ悲しみが少し深まったように見えた。


「最初は、両親が帰ってこないなんて信じられませんでした。現実の事とは思えず、家で待っていれば2人ともいつかひょっこりと帰ってくるんじゃないか、そう思っていました。でも3日、1週間、ひと月と経つにつれて、これは本当の事なんだ、受け入れなきゃいけないんだ、と分かってきました。ロータは両親がいなくなったことをなかなか受け入れられず、よく夜に泣いていました。私は『お姉ちゃんが一緒にいるよ。寂しくないよ。』ってロータを慰めながら、たまに一緒に泣いてました。」


 ユニスは、プリシラの話にいたたまれない気持ちだった。いきなりヘヴィーな身の上を話し出されてしまい、どう反応していいかわからず、とても居心地が悪い。

 けど、彼女がこんな死が迫っているような状況で語る話を遮るのは絶対だめな気がする。彼女はユニスに聞いてほしいと思って話しているはずだ。

 だからユニスには黙っては話を聞く事しかできなかった。


「でも、私たちが一緒に居られた日はすぐに終わりました。私たちは幼かったため、親戚が相談した結果、私とロータは別々の親戚に引き取られることになったんです。私は近くの街の親戚に引き取られたんですが、ロータはかなり遠い街へ移ることになってしまいました。別れの日、ロータが『お姉ちゃんと離れたくない。』と泣きじゃくってたのを今でも覚えています。」


 プリシラの声は、次第にしめったものになっていた。その時のことを思い出して感情が抑えきれないのだろう。彼女の瞳は弱い光の中でも涙でキラキラと光っていた。


「それ以来、ロータとは会っていません。でも私は、いつか会える日が来るって信じてます。風のうわさでロータも冒険者になったと聞きました。だから冒険者を続けていれば、どこかできっと会えるはずです。」


 そう言ってプリシラはユニスに笑顔を向けた。目にはまだ涙の残滓が残っていたが、それを感じさせないほど明るい笑顔だった。


 プリシラの話は終わった。ユニスはプリシラに何と声をかけていいかわからず、しばらくためらっていたが、ようやく口を開いた。


「お前、その・・・大変だったんだな。」


 悩んで選んだ言葉としては全くひねりのない冴えないものだったが、プリシラは嬉しそうに笑顔を向けた。


「やっとまともに話してくれました。ここまでの話をしてそれでも黙っていられたらどうしようかと思ってました。」


 プリシラはユニスがちゃんと反応してくれたのがうれしかったようだ。


「ん、なんでだ?」

「だって怒ってたでしょ、私の事。」

「あ、あれは。・・・スマン、ちょっとカッとなって言っちまったんだ。」

「じゃあ、もう怒ってないですか?」

「ああ、何とも思ってねえ。」

「よかった。」


 プリシラは安心したようにホッと息をついた。ユニスはそんな彼女を見て少し安堵していた。2人の間に漂っていた重く湿った雰囲気が少し緩んだように感じたからだ。

 その時ユニスはこれまで抱いていた疑問がふと頭をよぎった。ちょうどいい機会だと思い、尋ねてみることにした。


「なあお前、なんで冒険者になったんだ?今の話からすると、もしかして両親を探すためなのか?」


 プリシラは男勝りな性格ではなく、人前ではおどおどしているような気弱な性格なので、全く冒険者らしくない。それにプリシラは美少女だ。こんな気弱な美少女が冒険者をやってるなんてちょっと異質だ。ユニスは前からそれを疑問に思っていた。


「両親のことは確かにあります。でも最初はそのつもりはなかったんです。」


 プリシラが少し表情を暗くして言葉をつづけた。


「さっき親戚に引き取られたって言いましたけど、私はそこの家族の人たちと折り合いが悪かったんです。家では私はいつも邪魔者でした。そして12歳の時に勝手に結婚させられそうになったんです。私はそれが嫌で家を飛び出してこの街に来ました。」


 この国では12歳で結婚というのは、貴族の婚約ならおかしな話ではないが、庶民ではやはり早すぎる。それに、仲の悪い人が進める縁談などろくなものでは無いだろう。逃げ出したのもわかる。


「そしてこの街に来てギルドに登録してみたら、「分与」という特殊能力があるってわかったんです。職業もレアな「司祭」でしたし、周りからパーティにたくさん誘われました。その頃は家を飛び出してお金も心もとなかったので、誘われるままに冒険者をやっていきました。

 だけど、私の特殊能力は長所と短所が大きくって使いづらいらしく、パーティは長続きしませんでした。」


 プリシラの特殊能力はパーティメンバーには『経験値』という恩恵はあるが、その代わりにプリシラのダメージを肩代わりしなくてはならない。プリシラへの攻撃を防げる自信が無ければメンバー全体がダメージを食らう恐れがあり、そのリスクは低レベルの冒険者なほど大きくなる。なのでおのずと、レベルが高くプリシラを守ることが出来る冒険者パーティに雇われることになる。今回のボス戦の臨時パーティがいい例だ。


 「冒険者をやめようかって思った時もあります。でも今冒険者をやってるのは、弟が冒険者になったって聞いたので、少しでも接点があれば会える可能性が高いかなって思って続けてるんです。それに良いこともありましたし。」

「良いこと?」

「ユニスさんに出会えたことです。私、ユニスさんに会えて本当によかったです。」


 プリシラはユニスを真っすぐに見て言った。

 その目を見てユニスは戸惑った。ここまで言われれば、プリシラが自分に好意を持っていることは鈍いユニスでも分かる。そして彼女はかわいい。そんな子から好意を向けられてうれしくないはずはない。

 しかしユニスは彼女の視線を受け止めることが出来ず、顔を背けた。


 彼は過去のトラウマから人間不信、特に女性不信だった。プリシラの好意は素直にうれしい反面、同時に言い知れない不安を感じてしまい、まともに彼女の顔を見ることが出来なかったのだ。

 そして一言、こう言うのが精一杯だった。

 

「俺はそんなにいい奴じゃない。」


 ユニスの背中を見てプリシラが「もう!」とかぶつぶつ言っていたが、ユニスは振り向く気にはならなかった。


 しかし次のプリシラの言葉で、ユニスは再びプリシラに向き合うことになる。


「じゃあ、次はユニスさんの番ですよ。」

「・・・は?」

「次は、ユニスさんの、番、です。」

「何が?」

「だ・か・ら、今度はユニスさんが話す番ですよ。」

「・・・何を話すんだ?」

「ユニスさんの昔話です。」

「はあ!?」


 ユニスは驚いて大声を出してしまった。プリシラはユニスの昔話をしてほしいという。


「何言ってんだ。俺は話すなんて言ってねえ。」

「私が話したんだから、次にユニスさんが話すのは当然です。」

「お前が勝手に話したんじゃねえか。」

「ひどい!乙女の過去を聞くだけ聞いといて、自分は知らん顔なんて・・・ううっ。」

「ウソ泣きすんじゃねえ!」

「バレちゃった。でも私ユニスさんの昔話が聞きたいです。もしかしたら脱出できるヒントが隠されてるかもしれないし。」

「んな訳ねえだろ。ったく。」

「・・・話してくれないんですか?」

「う・・・・」


 プリシラが上目遣いにお願いをしてくる。その『美少女のおねだり』は、圧倒的な破壊力があった。

 その攻撃から逃げるようにユニスは上を向いた。


 しかし、狭い場所で二人でくっつきあっている状態ではプリシラの怒濤の攻勢をかわすことは難しかった。

 それにユニスには、プリシラに怒鳴ってしまったという少しの罪悪感と、勝手にやったこととはいえプリシラの過去を知って自分が話さないのはどうかという心情もあった。

 また今は『安全』ではあるが、ボスから逃げられない危険な状況というのは変わりがない。その重圧から少しでも逃れため、何かをして気を紛らわせたかった。


 ユニスはハァと大きなため息をついて、頭を掻いてから、プリシラを見て観念したように言った。


「そんなに聞きたいのか。」

「もちろん、聞きたいです。ユニスさんの事、いろいろ知りたいです。」

「分かったよ。話してやるよ。」

「!本当ですか。」


 ユニスの昔の話を聞けることになり、プリシラは嬉しそうに目を輝かせた。


「あんまりいい話じゃない。俺の大マヌケな話だ。期待すんなよ。」

「はい、期待しません。」

「・・・ちょっとは期待しろよ。」

「え、何ですか?」

「・・・いや、何でもねえ。」


 そう言って、ユニスは嫌々ながらも自分の過去を語り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る