第2章

第1話 筋肉痛と引っ越し

 ユニスが目を覚ました時は、すでに夜だった。


「イテテテ・・・」


 目覚めてすぐに、自分が筋肉痛になっていることがすぐにわかった。体中から筋肉が悲鳴を上げているのだ。

 なぜ筋肉痛なのか、寝起きの頭ではすぐにわからなかったが、しばらくまどろみの中で痛みを我慢しているうちに寝る前のことを思い出してきた。


「そうだ、サイクロプスを倒したんだった。」


 ユニスは昨日、いや正確には今日の未明に初級ダンジョンのイレギュラーボスであるサイクロプスを倒してきたのだ。そしてギルドに行っていろいろとあって、宿に帰った直後にそのまま眠り込んでいたのだ。


 しかし、体中が痛い。動かそうとすればその部位が痛みを訴えてくる。この筋肉痛は何なんだ?とユニスは考えた。


「うーん、やっぱ急激なレベルUPのせいだろうな。」


 ユニスは念願のレベルアップが叶い、そして直後にサイクロプスと戦った。そのレベルアップは1から一気に30まで上昇し、その状態で戦闘に入ったためユニスの動きに肉体がついていけずに、筋肉痛になったのだと推測した。

 やはり急激なレベルアップには弊害があるのだ。この筋肉痛がすべてを物語っている。徐々にレベルが上がっていけばそんなことは無いのだろうが、今回は特殊な例だ。


「しっかりレベルに合う体に訓練しねえとな。」


 ユニスは改めてそう思うのであった。

 ふと気づくと、ユニスは空腹であることに気づいた。そういえば昨日からロクに食べ物を口に入れていない。宴会でも主賓だったためあまり食えなかった。何か食べたいが食堂は空いているだろうか、今何時だろうか。

 そう思って体を動かそうとしたところ、


「イテテテ・・・」


 再び筋肉が悲鳴を上げてきた。今起き上がるのは結構な苦行だ。

 ユニスはしばらくベッドに寝たまま筋肉痛と空腹とを天秤にかけたが、まだ寝足りないように頭がぼやけてきたので、そのまま再度眠ることにした。



 次にユニスが目を覚ました時には、朝になっていた。


「イテテ・・・」


 まだ筋肉痛は収まっていない。しかし夜目覚めた時ほどではなく、幾分か痛みは和らいでいる。これなら何とか起きれそうだし、それよりも究極に腹が減っている。

 痛みをごまかしながらユニスはゆっくりと時間をかけて起き上がると、さらに時間をかけて身支度を整え、朝食を摂りに食堂へと移動した。移動の最中、階段でユニスの顔が苦痛にゆがんだのは言うまでもない。


◇◇


「おはようございます、ユニス。」


 ユニスがギルドに到着すると、すでにプリシラが待っていた。昨日パーティを組むことを約束した2人は、ギルドで打ち合わせをすることにしていたのだ。

 ユニスを見つけて嬉しそうに挨拶をしたプリシラは、とととっ、と小走りで近寄ってきた。ユニスはその姿を見て、昨日のボス戦後みたいにそのまま突っ込んでくるのかと恐怖して身構えた。今突っ込まれると筋肉痛の体がどうなるか・・・

 だが幸いなことにプリシラは直前で立ち止まり、突っ込んでは来なかった。ユニスはホッとした。


「?どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。」


 ユニスは平静を装ってプリシラに言った。



 2人はコーナーのテーブルに向かい合って着席した。


「あの、ユニス。最初に提案があるんですが・・・。」


 テーブルに着いてすぐ、プリシラが口を開いた。


「なんだ?」

「私たちパーティですよね。でも話をするのにわざわざギルドに来るのは、効率的じゃないと思うんです。」

「そうか?」

「そうですよ。もっと簡単に会えるようにして、すぐに連絡を取れるようにすべきです。」

「そうだな、確かに。」

「だから私、ユニスの宿に引っ越しします。」

「・・・は?」


 いきなりプリシラから引っ越し発言が出てユニスは戸惑う。プリシラはなおも続けた。


「私がユニスと一緒の宿になれば、すぐに話し合いもできるし、時間も無駄にならないと思うんです。」

「そ、そりゃ確かにそうだが・・・引っ越すのはだめだ。」


 ユニスは慌ててプリシラの引っ越しを止めた。


「どうしてですか?」

「俺んとこの宿は、あんまり良くない。いやはっきり言うと、悪い。」


 ユニスの定宿は料金が安く、初心者クラスやあまり稼げない冒険者が多数泊まっている。料金が安い分、設備も何もかもボロく最低限のものしかない。レベル1だったユニスはあまりお金が稼げなかったし、さほど住み心地などに頓着しなかったのでずっとそこに泊まっていた。

 当然女性冒険者など泊まれるような雰囲気ではなく、現に宿は男性しか泊まっていない。そこにプリシラが来るなど考られない。


「うちの宿に移動するなんて絶対にダメだ。」


 ユニスは強く反対した。それだけは絶対に譲れない。

 ユニスの反対でしょげながらも何か考えていたプリシラは、ぱっと顔を上げた。


「じゃあ、ユニスがうちの宿に引越ししませんか?」

「え・・・。」

「うちの宿は清潔で、女性冒険者もたくさん泊まってます。もちろん男性もいますよ。ユニスさんもきっと気に入ると思うんです。」


 プリシラは今度はユニスの引っ越しを提案してきた。


「だがあの宿は料金が高いだろ。」

「料金は気にしなくてもいいんじゃないでしょうか。ボス討伐で魔石代金が入りますし、なによりユニスはレベル30です。実入りが良くなるのは間違いないです。」

「しかし・・・」


 あまり気乗りじゃないユニスに、プリシラはさらに言った。


「第一ユニスさんほどの高レベルの人は安い宿には泊まっていません。高レベルになれば見栄も必要なんですよ。」

 

 正論だった。プリシラの言うことはいちいちその通りなのだ。

 レベルが上がるほど知名度は増し、人から注目される。なのでそれなりの身づくろいは必要だ、というのが冒険者の間での一般常識だ。LVが高いのに安宿に泊まり続けると『あいつはケチだ』と噂されるかもしれない。


「・・・わかった。俺が宿を引っ越すよ。」


 少し考えたユニスだったが、結局プリシラの提案に従うことにした。レベルが上がったところで心機一転宿を変えるのも悪くない。今後収入は確実に増えるので、料金も心配には当たらないだろう。


「よかった。」


 プリシラがうれしそうに笑顔を向けた。その笑顔を見ていると、引っ越しを決めてよかったなとユニスは思うのだった。


「じゃあ、早速行きましょう。」


 と言って、プリシラはいきなり立ち上がった。


「どこへ?」

「もちろん引っ越しですよ。すぐ宿に行って荷物をまとめましょう。」

「え?」

「大丈夫ですよ。今朝確認したら男性の部屋が一部屋空いているそうです。今ならすぐに入れます。」

「え?え?」


 もうすべてプリシラのペースだった。引っ越しの言質を得るとすぐに行動を起こす。

 あれ、ちょっと待てよ。事前に空き部屋まで確認していたのか?最初からそのつもりだったんじゃ・・・。

 ユニスはプリシラのしたたかな一面を垣間見た気がした。


「あ、ちょっと待ってくれ。」


 ユニスは慌てて止めた。別に引っ越しは構わない。問題なのはユニスの体。力を入れようとすればそれだけで痛みが走る。引っ越しをやろうとすればどうなることか。


「あ、すみません。何か用事でもありましたか?」


 プリシラは急ぎすぎたことを謝罪した。


「いや、そうじゃないが、」

「・・・体調でも悪いのですか?」


 プリシラがやや心配顔でユニスを見つめる。ここでユニスが『実は・・・』と筋肉痛の話をすれば、すぐの引っ越しは無かったかもしれない。


「・・・いや、どこも悪くない。」


 だがユニスは男の矜持として、やせ我慢をすることにした。



 結局、その日の午前中にユニスはプリシラの宿に引っ越した。

 ユニスは体の痛みに耐え、平静を装って(脂汗を垂らしながら)引っ越しを終えた。ユニスの荷物がさほど多くなかったことがせめてもの救いだった。



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 お待たせしました。ゆっくりになりますが、第2章の投稿を開始します。

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