第17話 転機

「なん、だって?」


 ユニスはすぐにはプリシラの言葉を理解できなかった。しかし、数瞬の沈黙ののち、言葉が腑に落ちたと同時に激しく反応した。


「何だって!!レベルを、俺のレベルを上げることが出来る言ったのか!」

「はい、出来ます。」


 ユニスの反応を予想していたプリシラは、さして驚かずに冷静に話を続けた。


「私の『分与』の能力の一つに『レベル分与』があります。これは、自分より低いレベルの人に自分のレベルを1つ分け与え、相手のレベルを1つ上げるというものです。自分より低いレベルでないとダメですが、ユニスさんには私のレベルを与えられるはずです。」

「ほ・・・本当か・・・。」


 ユニスはその驚きの内容と、降ってわいたような幸運の喜びとで頭が混乱しそうになっていた。そして自分でも理解できないような行動に出た。

 ユニスは手でプリシラの肩をガッと掴んで叫んだ。


「何で、なんで今まで黙ってたんだ!それがわかってれば俺はこんな苦労せずに済んだのに!」


 ユニスの口から出たのはプリシラへの非難だった。

 普通ならユニスはこんな行動に出ないだろう。ユニスのこれまでの鬱屈した想いが叫びとなって現れたのだろうか。


「い・・・痛いです。ユニスさん、やめてください!」


 力いっぱい肩を掴まれたプリシラはその痛さに悲鳴交じりの声をあげた。


「ユニスさんの事情を知らなかったんです!知ってたら真っ先に話していましたよ!」


 その叫ぶような言葉を聞いたユニスはてハッと理性を取り戻し、そして今自分がした行動に驚いてプリシラから手を離した。


「す、すまない。俺、どうかしてた。お前が悪いわけじゃないのに、わけが分からなくなって・・・。本当にすまない。」


 ユニスは頭を下げて謝った。


「ユニスさんですから許します。でも今度は力いっぱいじゃなく、優しく肩を掴んでくださいね。」

「・・・あ、ああ、分かった。」


 乱暴にされたことを怒っていないように、プリシラはユニスを見てニコッと笑った。


「それで、俺のレベルを上げられるというのは本当か?」


 ユニスが期待を込めた目とそわそわと落ち着きのない動作で尋ねてきた。


「もちろん本当です。ユニスさんのレベルを上げることは出来ます。ですが、その代わりユニスさんからもらわなければならないものがあるんです。」

「俺からもらう?何を」

「レベルを上げる代わりに、その人はステータスポイントを20ポイント分私に分け与えなければならないのです。」

「ステータスポイントを!?」


 プリシラのレベル分与の能力は、その代償として20ポイントのステータスポイントを求めるものだという。20ポイントと言えばレベルアップでもらえる1回分のステータスポイントと同じだ。つまりレベル分与を受けた者は、レベルの数字だけ上がる代わりに、実質ステータスは変わらないため全く強くならないということになる。


「私がこの能力を秘密にしていたのはそれが理由です。レベルが上がるけどSPを取られるって聞いたら、誰もこんな能力使わないです。それにステータスポイントを奪うような能力なんて、言っても笑われるか、最悪怒りだしますよ。」


 レベルを上げるのに代償としてSP20ポイントを取られるなんて、レベルを上げるメリットがまるでない。それでもレベルアップしたい人など、よほど特殊な事情がある人に限られるだろう。今までプリシラがこの能力の話をしなかったのも頷ける話だ。


 しかし、今プリシラの目の前にはその特殊事情を持つ男がいた。そしてその男はレベルアップを熱望していた。


「ユニスさんのステータスからSP20ポイント分減らしてもよいなら、私のレベルを1つ分け与えられます。どうしますか?」


 プリシラはそう聞いてきたが、2人とも答えは1つしかないのをがわかっていた。


「もちろん、やる!俺のSPを20でも200でも持って行ってくれ。そして俺をレベルアップさせてくれ!」

「フフ、ユニスさん、SP200も無いでしょ。」

「そうだな。ハハハ」


 ユニスは声を出して笑った。それを見てプリシラもクスッと嬉しそうにほほ笑んだ。。


「私、ユニスさんの笑顔を初めて見ました。」

「ん、そうだったか?」

「そうですよ。いつも機嫌悪そうにムスッとして、面白い話をしてもつまらなそうに横を向いてました。」

「そんなことは・・・あるか。」


 ユニスは、確かに最近気持ちよく笑ったことが無かったなと気づいた。おそらくかれこれ3年近く、自分の不運を嘆き、ずっともがき続けてきたため、笑う余裕さえなかった事に今更気づいた。


「でもレベル分与で俺にレベルをくれるってことは、お前のレベルが1下がるってことだよな。お前はそれでいいのか?」


 ユニスはふと気づいてプリシラに聞いた。プリシラはその特殊能力の影響でレベルを上げにくい。レベルを1あげるためには時間も労力も人の数倍かかるのだ。ユニスはそれを心配していた。

 しかしプリシラはあきれたように言った。


「何言ってるんですかユニスさん。レベルが下がったとしてもここで死ぬよりましじゃないですか。それに20ポイントもらえるのでレベル下がっても逆にSPは増えますから。」

「お前がそう言うんなら良いか。・・・しかしなお前、レベルをまた1つ上げるのは大変だろ?」


 ユニスはレベルが上がらない苦悩を知っているので、プリシラのデメリットもそれなりに大きいと思っていたのだ。

 プリシラはそんなユニスの心配りを感謝しつつ、それならとある提案をすることにした。


「じゃあ、さっき言ってた200ポイントもらう代わりに、私のお願いを一つだけ聞いてくれませんか。」

「お願い?・・・分かった。無茶なお願いじゃなきゃ聞いてやるよ。」

「フフ、約束ですよ。」


 そう言ってプリシラは、少しはにかんだように俯きがちにそのお願いを言った。


「私の事を、”お前”なじゃく、”プリシラ”って、ちゃんと名前で呼んでください。これが『お願い』です」


 プリシラの願いは、ユニスに名前で呼ばれることだった。それはひどく簡単ようにも思えるが、プリシラにとってはとても価値があるお願いだった。


「え、そんなことで・・・、でも俺って、名前を読んでなかったか・・・?」

「そうですよ。ユニスさんは私の事を”お前”としか呼んでませんでした。」


 ユニスは思い返してみたが、確かにプリシラを名前でちゃんと呼んだ記憶がない。あまり他人と関わりたくない、特に女性に不信感を抱いていたユニスは、他人に対して突き放したような口調に終始していて、これまで女性を名前で呼ぶようなことをしていなかったのだ。


「無茶なお願いじゃないですよね。」

「・・・まあな。しかしお前、そんなお願いでいいのか?」

「プリシラ!」

「え?」

「”お前”じゃなく、プリシラって呼んでって言ったでしょう?」

「・・・そうだったな。すまなかった、プリシラ。」


 ユニスが呼ぶ自分の名前を聞いて、プリシラは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。


「うれしい。やっと名前で呼んでくれた。200ポイント分の価値があります。フフ・・・」


 プリシラの喜ぶさまを見て少し複雑な顔をしたユニスだったが、『ま、喜んでるならいいか。』と、ため息とともに苦笑いを浮かべるのだった。


「で、そろそろレベルアップさせてほしいんだが。」

「は!そうでした。」


 自分の世界で喜びに浸っていたプリシラが、ユニスの言葉で意識を浮上させた。


「じゃあレベルを分与します。ユニスさんからもらう20ポイントは、どこのステータスからですか。」

「そうだな、何でもいいが、一番多い『体力』からだな。」

「じゃあ『プリシラに体力から20ポイントを渡す』と思い浮かべてくださいね。」

「分かった。」


 いよいよレベル分与を行う。ユニスとプリシラは、狭い隙間の中で何とか体を向き合わせた。


「手を、つないでください。」


 プリシラが手のひらを下に向けて右手を体の前に出し、そしてその手をユニスは下から支えるように受けた。


(細い、指だな。)


 ユニスは右手に感じるプリシラの指の感触は、細かった。こんな細い指で冒険者として頑張っているんだ、と素直に感心した。この時ユニスには、それと気づかぬうちに『プリシラを守ってあげたい』と思う気持ちが芽生えていた。


 プリシラは目を閉じる。それを見てユニスも目を閉じる。


 次の瞬間、2人がつないだ手に光が流れだし、周囲は明るい光で満ちた。

 ユニスは、自分の中の何かが流れ出すと共に、プリシラから何かが流れ込んでくるのを感じた。


 やがて光は徐々に力を失い、やがて消えていった。


「これで、終わりです。」


 2人は目を開けた。すでに光は無く、元の薄暗闇のままだ。しかし2人にはお互いの顔がはっきり見えている。大きな希望とわずかな不安が入り混じる顔だった。


「どうです?レベル、上がってますか?」

「!見てみる。」


 ユニスは慌てて自分のギルドカードを取り出し、そして期待を込めてそれを見た。

 やがて、彼の顔は歓喜に包まれた。


 ユニスのギルドカードにはこう記されていた。


名前:ユニス

ランク:E

職業:戦士


レベル: 2

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