第27話 つかの間の休息

 翌日、ハチミツを受け取るために3人はギルドで待ち合わせをし、それからミツキの住む家に向かった。

 パーティはミツキの家で行う。ミツキは姉のミネベアと2人で一緒に一軒家で住んでいて、ティーパーティ程度なら広さも問題は無いとのこと。


「この街に来るときにお姉ちゃんが2人で住もうってことで家を借りたんだ。」


 ミツキがそう説明する。


 ミツキの服装はシンプルな感じのパンツルックで、女性っぽい服装ではない。まあ彼女がスカートなんて履いても似合わないだろうが。

 ユニスはというと、これも可もなく不可もなくといった感じの普通の服装だ。以前プリシラと出歩いた時には私服をほとんど持っていなかったが、今は私服はいくつか買っている。しかし元々服装に無頓着だったこともあり、すべて地味で無難なセレクトになっていた。

 プリシラはというとかわいらしいベージュのワンピースを着て、見栄えは3人の中で一人だけ目立っている。


「着いたぜ、ここだ。」


 ミツキがこじんまりとした家を前にして言った。

家は、少し古そうではあるが手入れが行き届いた感じだ。周辺にごみなどはなく清潔で、玄関の脇や窓際には花などの鉢植えが見られる。


「素敵な家ですね。」

「そうだな。」


 2人はお世辞ではなく感じたままそう感想を言った。それを聞いたミツキは少しうれしそうに笑う。


「家のことはほとんどお姉ちゃんがやってんだ。・・・料理以外は。」

「へー、ミネベアさんが・・・・え?料理以外、ですか?」

「ああ、お姉ちゃんは大抵のことは人並み以上に出来るんだが、料理だけは壊滅的にダメなんだ。」

「壊滅的に!?」


 ミネベアはギルドの受付嬢で、美人でもあり仕事もそつなくできる。だがミツキが言うのは料理はダメらしい。しかも『壊滅的』なんて形容されるくらいだから相当なものだ。


「・・・なあ、今日のパーティは家で作ったもんが出るんだろう。まさか・・・」


 ユニス心配になって恐る恐るミツキに聞いた。しかしミツキは笑って首を振る。


「心配すんな。今日はお姉ちゃんは仕事だし、お菓子作りなんてやらせるわけねえよ。」

「え、じゃあ誰が作るんですか。」


 プリシラが首をかしげるようにして聞いた。


「俺だよ。」

「「え!?」」


 ミツキは当然のように自分で作るといった。予想外に答えに2人は同時に驚いていた。


「「あ、すまん(ごめんなさい)。」」


 驚いた反応が失礼だと気付いたユニスとプリシラはミツキに謝った。が、当のミツキは特に気にした様子はなかった。


「まあみんな最初はこういう反応だから慣れてるって。でも俺はこう見えても料理は得意なんだぜ。」

「そうなんですか。」


 何とミツキは料理が得意だという。普段の言動が男っぽいため全くそんなイメージがわかない2人だった。本当だろうか?


「いつまでも入り口で止まってちゃ意味ねえだろ。さ、入ろうぜ。」


 そう言ってミツキが先頭に立って家に入る。ユニスとプリシラは互いに顔を見合わせてからミツキの後に続いて行った。


◇◇


 3人が家に入ってすぐ、ユニスとプリシラをテーブルに座らせ、ミツキは会話をしながらパンケーキ生地を作って焼き始め、合間にハチミツを使ってソースを作り始める。

 その手際の良さにユニスとプリシラは感心してみていた。料理が得意という話はその手際からもわかる。

 やがて、部屋中をいいにおいが漂ってきて空腹を刺激し、それが最高潮に達したころにようやく準備が整った。

 テーブルの上には中央にパンケーキが10枚程度置かれ、各々が取れるようになっている。各人の前には皿と紅茶が並び、さらに小さな容器がいくつか置かれていて、そこには数種類のソースが入っている。

 

「よし、準備できたぜ。」

「わあ、いただきます。」


 待ちきれないようにさっそくパンケーキを取ってソースをつけて口に運んだのはプリシラ。彼女は一口食べた後に目を丸くして言った。


「おいしい!これは本当においしいです。」

「だろ。」


 プリシラがキラキラした目でミツキに振り向き、ミツキは嬉しそうに答える。


「パンケーキはプレーンだからな。それぞれ好みでソースをつけて食べてくれ。」


 ソースはハチミツ、木苺ジャム、オレンジピール、クリームなど、甘味と果物ベースのソースだった。


 ユニスもパンケーキを一つ取り、小さく切って口に入れる。

 パンケーキの香りが口の中に広がる。パンケーキは表面は少しさっくりしているが中はふわふわで柔らかい。


「・・・うまい。」


 ユニスは簡単だが素直な感想を口にし、それを聞いてミツキはやや顔を赤らめながら満足そうにしている。

 ユニスは今まであまり甘いものを口にすることがなく、さらにこんな茶会など出たこともなかった。どんなもんだろうか、自分は場違いじゃないか、と少し不安だったのだが、杞憂だったようだ。気心知れた2人とのティーパーティーはユニスの気分もリラックスさせていた。


「今日は簡単なもんだったが、あらかた料理もできるんだぜ。」

「わかります!台所での動きを見れば、手慣れた感じがしますから。」

「今ハチミツ入りクッキーも焼いてるんだ。焼きあがったら持って帰って食べてくれよ。」

「ほんとですか!」


 クッキーのお土産と聞いて喜びのあまり身を乗り出す。甘味好きのプリシラのテンションが高い。

 そんな2人の様子を見ながら紅茶を口にするユニス。


 こんなに穏やかな気分になったのはいつ以来だろうか、と思いを巡らせる。少なくとも冒険者になってからは一度もない。失敗し、裏切られ、それでも生きていくため必死に張り詰めた生活をしていたのだ。

 だがプリシラと出会って風向きが変わった。ミツキが加わってさらに良くなった。

 今のユニスの状態は一言で言うなら


 平穏


 だろう。戦いの連続した生活が当たり前だった日々とは違い、別の生活もあるのだということを身に染みて実感できる。


 たまにはこんな気心の知れた仲間との茶会も悪くないな、とユニスは感じていた。



 とその時、入り口の扉がガチャリと開く。

 驚いた3人が一斉に扉に振り向く。そこには、


「ああ、いい匂い。急いで帰ってきた甲斐があったわ。」

「お姉ちゃん!?」


 3人が見たのは、にこやかに入り口に立つミツキの姉のミネベアの姿だった。


「な、なんで?帰って来るなんて聞いてないぜ。」

「だってミツキの作ったお菓子でパーティするって言うんだもん。それもポイズンビーのハチミツを使うって言うじゃない。私も一緒に入れてちょうだいな。」


 ミネベアはおっとりとした口調で言ったかと思うと、その口調に似合わず素早くテーブルの空いた席に着いた。


「仕事はどうしたんだよ。」

「お昼休みよ。ちょっとしたらまた戻るわ。」


 ミネベアはミツキの菓子を食べたいために、短時間ながらわざわざ戻ってきたようだ。

 ミツキがすまなそうにユニスとプリシラに顔を向けた。


「ま、いいんじゃねえの。」

「この家の家族ですからね。参加資格はありますよ。」


 ユニスとプリシラは若干苦笑いをしながらもミネベアの参加を認めた。


「ありがとう、ユニスさん、プリシラさん。ミツキをパーティに勧めてよかったわ。お姉ちゃんのおかげね。」


 ミネベアが笑顔を2人に向けて言った。確かに、ユニスが追放劇に首を突っ切んだとはいえ、ミネベアが勧めなければミツキの加入は無かっただろう。

 3人は顔を見合わせ、そしてクスリと笑みがこぼれた。

 

「じゃ、改めて4人でパーティを始めましょうよ。」


 ミネベアが明るく言い、3人は笑顔で頷く。


 冒険者たちの、つかの間の休息日だった。


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お読みいただきありがとうございます。

第2章はこれで終わりです。

第3章はしばらく間を置くことになります。

再開までお待ちください。

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