第21話 戦闘準備

 13階層は一転して人の気配がほぼなかった。


「こりゃいい。魔物が結構いそうな雰囲気だぜ。」


 12階層の状態にうんざりしていた反動か、ミツキが笑いながら言う。ユニスとプリシラも晴れやかな顔をしている。


「此処なら思う存分狩りができるな。が、兵隊蜂には十分気を付けるんだ。ミツキ、索敵はいつも以上に慎重にな。」

「わかってるって。」


 3人はいつにもまして慎重に森の中を進んでいく。




 慎重に進んでいる割には、13階層での魔物の出現率は高かった。いつもの2倍くらいの頻度で遭遇している。


「まったく休む暇もないくらいに出てきやがる。ちっとは休ませろっての。」


 頻発する戦闘の忙しさにユニスはそう愚痴るが、内容とは裏腹に表情は明るい。

 魔物とは頻繁に遭遇するが、それに比例して得るものも多い。忙しくはあるがパーティで対処可能な範囲内であるため、充実感の方が大きいのだ。

 13階層にほかに冒険者が全くいないわけではな。兵隊蜂を恐れないツワモノ、もしくは蜂の針の収集を目的とした者など、ハイリスクハイリターンで稼ぎたい冒険者はいる。しかしそれは少数派であるため、通常より13階層は魔物リッチな状態になっているのだ。


 もちろん、ユニスたちが幸運で兵隊蜂に出会わなかった、というわけではない。一度兵隊蜂の巡回に遭遇しかけたことがある。

 しかしミツキの索敵でいち早くそれを察知すると、蜂の進む方向から即座に離脱して難を逃れることができた。


「・・・危なかったですね。」

「なんとか気づかれずに済んだか。」


 遠目に兵隊蜂が去っていくのを見ながらプリシラとユニスは安堵の息を漏らす。


「けど今ので兵隊蜂の索敵反応が大体わかったぜ。次から確実に見分けられる。」


 ミツキは一度遭遇したことで索敵の精度が上がったようだ。パーティにとってそれは朗報だ。


「そりゃすげえ。頼りにしてるぜ、ミツキ。」

「お、おう。任せろ。」


 ユニスに期待の言葉をかけられたミツキは、顔を赤くしながら元気に応えるのだった。


◇◇


 さらにしばらく順調に探索を進めていた時の事。

 3人で進んでいたところ、ふとプリシラが何かに気づいたように足を止めた。


「・・・音と声が聞こえます。戦闘音のようです。」


 そう言われたユニスとミツキは立ち止まって耳を澄ませた。確かに左の方からかすかに音が聞こえる。


「魔物と戦っているな。援護が必要かもしれねえ。近づくぞ。」


 3人は進行方向を変え、音のする方へ小走りに近づいていく。


「ミツキ、索敵はどうだ?」


 ミツキの索敵は優秀ではあるがレベル自体はまだ低いこともあり、索敵距離が50m程度とやや短い。そのため近づかないと索敵の効果が発揮できない。


「ちょっと待て。・・・!これは。」


 ミツキがユニスを振り向く。顔にはやや緊張が見て取れた。


「魔物4体、人間4人が戦っている。魔物は・・・ポイズンビーだ。」

「何!」


 どこかのパーティとポイズンビーが戦っている。ならば万が一のためにも近づいておく必要がある。

 3人は戦闘場所に急いだ。


 戦闘音が次第に大きくなる。そして戦闘の姿がはっきり見えてきた。3人は10m程度離れた場所で一度立ち止まる。

 冒険者の暗黙のルールに『横取りはご法度』というものがある。先に魔物と戦っているパーティに優先権があり、あとから来たパーティは手を出してはいけない、というものだ。それを守らないと、ドロップ品の所有権などで争いが起きてしまうからだ。

 無論例外はあり、戦っているパーティから承諾を得るか、もしくはあまりに危険な状態だと判断されたときは救援が認められている。


 ユニスたちは冒険者たちの斜め後方から近づくことになったため、彼らからユニスたちの姿はまだ見えていない。

 ユニスは通例に従い、少し離れたところで戦いの様子を観察した。

 戦いは激しく、ポイズンビーは機動力を生かして接近と交代を繰り返している。冒険者は前衛の2人が剣を振るい、後衛から魔法、主に火魔法が飛び、時折ヒールの呪文がきらめきを放つ。

 パーティは4人、対する兵隊蜂は4体。兵隊蜂が1体少ないのはパーティに倒されたからだろう。1体倒しているのでうまく対応できているかとも思われるのだが、見る限りでは冒険者が押されている。

 4人は全員苦しそうで、動きに鋭さがなくとても中級ダンジョンで活動できるレベルには見えない。これはおそらく全員蜂の毒を受けて麻痺しかかっているためだと推測される。


「まずいな。」


 ユニスがつぶやく。麻痺毒は時間が経つにつれて効いてくる。これからさらに動きは鈍くなり、戦いはますますパーティ側の不利になるだろう。


「戦闘準備だ。」


 ユニスが2人に指示をし、戦いに加わる意思を伝えた。

 ポイズンビーは危険で、ユニスたちが加わっても勝てるかどうかわからない。だがここで見捨てるなんてことはユニスの冒険者としての矜持が許さない。勝算が少なくとも、引き下がるつもりはないのだ。

 ユニスがパーティに呼びかけようと口を開きかけていたその時、


「あ!」


 不意にミツキが声を上げた。

 そのおかげでユニスは呼びかけるタイミングを逃してしまい、怪訝そうにミツキに振り向いた。


「どうした?」


 ミツキは驚いた顔で戦いを見ており、そして前を指さした。


「・・・あいつら、俺の元パーティだ。」

「「え!?」」


 ミツキの言葉に今度はユニスとプリシラが驚いて前を向く。そして前衛で戦っている一人の男の顔をまじまじと見た。

 その男は確かにミツキを追放したパーティリーダー、ケビンだった。

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