第20話 方針変更

 翌日、3人は11、12階層を探索するためダンジョンに入った。

 パーティとしてポイズンビーとは戦わずに逃げると決めたのだが、わざわざポイズンビーと遭遇しに行く必要はない。13層には行かないで狩りを行うのが安全だ。なのでしばらくは11,12階層に滞在して狩ることにしていた。

 13階層以降はポイズンビーが討伐された後にゆっくり探索すればいい。探索は遅れるがこれは仕方ないだろう。


 そう考えていたのだが・・・


「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・人、多いですね。」

「そうだな。」


 12階層を進む3人は閉口していた。冒険者が多すぎるのだ。

 右でガサガサ音がするのをみると冒険者パーティ。左で動くものがあればこれも冒険者パーティなのだ。ぐるりと見まわすだけで4パーティほど見つけられる。通り抜けた11階層も同じだった。おそらく12階層の他の場所もこんな密度なのだろう。

 これほどの冒険者満員御礼状態では魔物に出くわすこともほとんどない。いたとしてもすぐに討伐される。それが原因で、「俺たちの獲物だ」「いや俺たちが先に見つけた」だのと言い争いがあちこちで見られるのだ。


 なぜこうなっているのか。理由は明快、みんなポイズンビーのいる13階層に行きたくないためだ。考えることは皆同じ。


 この塔ダンジョンには階層転移ができ、魔法陣により行きたい階層に運ばれる仕組みになっている。しかし転移できる場所は11階,21階、31階、41階と10階おきにしかなく、しかもその階層に到達したことのある者でないと転移できない。

 なのでいまだ21階層に到達していない冒険者は11階から登ってく必要があるのだが、現在13階は危険が大きいため大半の冒険者は13階層以降に進めない。必然、11,12階層は冒険者であふれることになってしまったのだ。


「これじゃ獲物を見つけても先に取られちまうぜ。いや、獲物がいるかどうかもわからねえ。」


 あきれたようにミツキが言う。

 彼らは知らなかったが、毎回ポイズンビーが復活するといつもこのような状態になるらしい。


 これを避けてダンジョンに入らずに稼ぐという方法もあるのだが、街の外の森や山も冒険者が増えていて、同様に魔物が減っているらしい。ダンジョンに入っても入らなくても事情はあまり変わらない。


「ユニス、どうしますか?」


 プリシラはこれからどうすべきか、ユニスに尋ねた。3人ともこの状態はダメだと感じているので、それを打開する必要があるのだ。


「そうだな・・・。」


 ユニスは立ち止まって考え込んだ。

 考えたことは単純な2択。安全を取るか、リスクを取るかだ。

 11,12階なら安全だが、全く稼ぎが見込めない。13階に行けば稼げるのだが、ポイズンビーの危険が大きい。

 どちらを取るか悩んだ挙句、ユニスは決心した。


「決めた。13階に行こう。」

「「!」」


 ユニスの言葉に2人は驚きと不安の目を向けてきた。昨日避けると決めた危険な13階層に向かうのはやはり不安なのだ。

 そんな2人にユニスは自分の決断の理由を説明した。


「このままじゃロクに稼げもせずブラブラしているだけになる。ポイズンビーが短期間で討伐されるならいいが、今までそんなに早く討伐されることはなかったからその可能性は低い。ならリスクをとっても動いた方がいいと思うんだ。」

「兵隊蜂がウロウロしてるところにわざわざ行くのか?」

「そうだ。危険ではあるがその分冒険者も少ないから、今13階層は稼ぐにはもってこいの状況だろう。」


 ユニスはそう意気込むが、プリシラは不安そうに尋ねた。


「兵隊蜂を見つけたら戦うんですか。」

「いや、もちろん逃げる。ミツキの索敵で先に兵隊蜂を発見できれば、向こうがこちらを見つける前に移動できる。ミツキの索敵能力なら大丈夫だろう。」


 そう言ってユニスはミツキを見る。だがいつもなら強気なミツキも少し心配そうな様子だ。


「信用してくれるのは有り難いが、俺の能力も完全じゃないぜ。不意に遭遇することもあるかもしれねえ。どうしても戦わなきゃいけなくなったらどうするんだ。」


 ミツキの問いに、ユニスは力強く返した。


「その時は俺が戦う。リーダーだからな、みんなを守る義務があるのさ。」


 ユニスはいざとなれば自分がポイズンビーを戦うと決めていた。

 ポイズンビーの毒は危険だが、ユニスにも成算が無いわけではない。ポイズンビーの毒は致死毒ではないため毒を受けてもしばらくは普通通り動けるのだ。その間に一撃でも入れることができればそれだけで相手は戦闘不能になるだろう。5体いるのはかなり厳しいが速攻で倒せれば勝機はある。


「でもやはり危険です。倒す前に毒が回ったら蜂に攻撃されて死んでしまいます。」

「心配するな。そのために帰還玉があるんだ。最悪死にはしない。」


 そう言ってユニスは2人を安心させるようにバッグから帰還玉を取り出した。


 ここで帰還玉についてもう少し補足説明をしておく。

 ギルドから配布される帰還玉は便利な道具だ。これを使用すれば死なずにダンジョンを脱出できるため、今や冒険者の必需品だ。

 が、帰還玉はメリットばかりではない。帰還玉を使用するとギルドからペナルティが課せられることになっているのだ。


 帰還玉を1回使用すれば、毎月の定額支払い額が1.5倍になるほか、1か月間ダンジョン入場停止、およびギルド指定の低ランク塩漬け依頼10件の処理が義務付けられる。

 低ランク塩漬け案件とは、依頼料が安くて割に合わないため長く掲示板にかかっている案件のことだ。例えば街の下水掃除や、貧民街への炊き出し、街の草むしりなどがそれにあたる。これはギルド指定の強制的奉仕活動と考えても差し支えない。冒険者にとってはやりたくない案件だ。これが強制的に課せられる。

 このペナルティがあるため、冒険者は命の危険にさらされたとき以外は帰還玉を使用しない。


 帰還玉の使用にペナルティがあるのは、冒険者むやみに帰還玉を使わないようにするためだ。もしペナルティがなければ、冒険者たちは帰還玉を便利な脱出道具としてホイホイ使ってしまうだろう。そうなるとギルドの帰還玉配布の仕組みは破綻してしまう。

 本当に危険な時だけに使用してもらうため、冒険者安全確保のためのこの仕組みを存続させるためにもペナルティは必要ということだ。


 ちなみにペナルティをリセットするには、1年間帰還玉を使用しなければよい。使用せずに1年経過すればリセットされて支払金額も元に戻る。

 しかし、もし1年以内に2回目の帰還玉を使用した場合にはさらにペナルティが加算され、定額2倍に増加かつ3か月間ダンジョン入場禁止、およびギルド指定の低ランク塩漬け依頼20件処理となる。3回目に至っては定額料金3倍、6か月ダンジョン入場停止となる。

 3回使用する者はよほどリスク管理がマズい者だ。そんな者は冒険者をやらないほうがいいのだが。




「ユニスがペナルティをうけると1か月ダンジョンに入れないじゃないですか。パーティ活動に支障が出ます。」


 プリシラが懸念を示すが、それに対しユニスは周りを指さした。


「見なよ、このキャパオーバーな状態を。この状態が続くならダンジョンに入ったところで何もできない。入らないのと同じだぜ。ペナルティの方がギルドに貢献できるだけマシかもしれん。」


 ユニスに言われて周りを見回していた2人だったが、やがて2人同時にうなだれてため息をついた。ユニスの言う通りだと認めたのだ。


「たしかに、このままじゃ開店休業かもな。」

「全面的に賛成じゃないですが、それが一番いいかもしれません。」


 2人の同意をとったユニスは、リスクを打ち消すかのように力強く言った。


「よし、じゃあ13階に行こう。善は急げだ。」


 3人は12階層に多数うろつく冒険者たちをすり抜けながら13階層への階段に急ぐのだった。

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