第22話 救援

「そうか、あいつらか。」


 ミツキとケビンたちとでは因縁がある。

 ユニスはあの時はただ争いを止めただけなので、彼らに対し別に思うところはない。仮に因縁ある相手であったとしても、この状況で助けないなんてことはユニスにとってありえないのだが。


 むしろミツキに思うところがあるのでは?・・・ユニスはちらりとミツキを見た。しかしミツキは、ただ心配そうな顔で戦いを見ていた。その表情は純粋で邪念は見えない。

 ユニスは心の中で安堵していた。

 もしここで過去の因縁を表に出しているようならばパーティの一員にはふさわしくないからだ。



 戦いの状況が動いた。

 前衛で何とか頑張っていた剣士の一人がついに膝をついてしまったのだ。彼は青い顔をして息も絶え絶えで、もう満足に立ち会えそうにないように見える。


 もう一刻の猶予もない。参戦の承諾を取る時間さえ惜しい。そう判断したユニスは、


「行くぞ!」


 という掛け声とともに戦場に向けて走り出した。

 ミツキもプリシラもともに走り出す。ミツキはむしろユニスの声よりも先に走り出したように見えた。


「シッ!」


 先陣を切ったミツキは、1体のポイズンビーの不意をつきその腹に短剣を突き入れることに成功した。


「ビィィ!?」


 その悲鳴(?)に他のポイズンビーもユニスたちに気づき、慌てたように体を浮上させようする。


「逃すか!」


 素早く続いて来たユニスが掛け声とともに別の一体に切りかかって、一閃のもとに腹と胸とを真っ二つに切り飛ばした。

 そしてその折り返しの剣で、ミツキと対峙している蜂に一撃を入れる。

 ミツキの初撃では死ななかったポイズンビーだったが、ユニスの剣は胸に深く入り、そのまま地面に転がり落ちた。


 側方からの奇襲で一気に2体を屠ったユニスとミツキは、ケビンのパーティをかばうように割り込んで残る2体と向き合う。

 2体のポイズンビーは一旦体勢を整えるべく上方へと浮き上がっていく。


「ファイヤーアロー」


 そこにプリシラの放った火の矢が飛びこみ、その魔法は1体の翅の部分に直撃した。


「ビィ!」


 翅にダメージを受け、高度を保てなくなったポイズンビーがふらふらと地面に近づいてくる。そのチャンスを逃さず、前進したユニスは手に持つジャイアントキラーをポイズンビーめがけてまっすぐ縦に振り下ろす。


「ビ・・・」


 ユニスの剣を受けたポイズンビーは縦に真っ二つに切り裂かれた。


 瞬く間に3体を倒し、すぐさま剣を構え直して残る1体に対する構えを取るユニス。

 しかし、戦いはもう終わっていた。上方でホバリングしていた1体は不利を悟ったのか、そのまま体を返して撤退していったのだ。

 ユニスたちは飛び去る兵隊蜂をしばらく見つめた後、もはや安全と判断して深呼吸とともにゆっくりと構えを解いた。


「みんな、けがはないか?」


 ユニスは振り向いてプリシラとミツキを見る。彼女たちはそれに笑顔で応える。


「大丈夫です!」

「とーぜんだ!」


 どうやら全員無事のようだ。心配されたポイズンビーの毒針だが、毒針生成中だったのだろうか、幸いなことに撃ってこなかった。


 3人は互いの無事を確認して後ろを振り返る。ケビンのパーティ4人が疲労感とともにこちらを見ていた。全員顔色が悪いが意識はあるようだ。みな一様に安堵の表情を浮かべている。


「お前ら大丈夫か?危険だと判断したので勝手に加勢したんだが。」


 ユニスの言葉にケビンがゆっくり後ろを確認してから首を縦に振る。


「ああ、大丈夫そうだ。すまない、助かったぜ。」


 ケビンの反応から、どうやらトラブルにはならないようだとわかる。ユニスたちは安心して彼らに近づいていく。

 プリシラが全員にヒールをかけて癒しを与える。これで麻痺毒が消えるわけではないが、体力が消耗しているので回復させるためだ。

 ただ戦闘直後でありかなり疲弊と麻痺があるケビンたちはしばらくまともには動けないだろう。ちなみに麻痺毒は意外に早く消え、1時間くらいで動けるようになる。


「お前たち、ミツキと一緒に行動してるのか?・・・えっと、」

「自己紹介がまだだったな。俺はユニス。こっちはプリシラ。ミツキは紹介要らねえか。」


 その後互いに自己紹介をしたのちケビンが切り出した。


「ミツキ・・・その、追い出したりして悪かった。」


 驚いたことにケビンがミツキに謝罪したのだ。


「ど、どうしたんだよ、おい。頭まで麻痺しちまったのか?」


 ミツキが茶化すように軽口をたたいたが、ケビンはまじめだった。


「追い出した俺たちを助けてくれて感謝しかない。お前、俺たちを恨んでないのか?」

「関係ねえよ。そりゃ追い出されたのには腹が立ってるが、だからと言って命が危ない奴らを無視するなんてやらねえぜ。」

「そ、そうか。・・・恩に着るぜ。」


 ケビンたちは素直に感謝し、ミツキもそんな彼らに穏やかな表情を向けている。どうやら彼らの間のわだかまりもある程度ほぐれつつあるようだ。

 ユニスはその様子を見て、嫉妬にも似た不思議な感情が胸に湧き上がってきた。


(昔、俺も幼馴染のマルクとエリザに追放された。もし再び彼らに出会ったとして、果たしてミツキたちのように過去を水に流すことができるだろうか・・・。)


 様々な思いがユニスに去来し、次第にゆっくりと黒い感情になっていく感覚にとらわれていく。

 マズい、とユニスは感じ、感情を振り払うように頭を振って、ケビンたちから顔を背けた。


◇◇


 どうやらケビンたちは「ミツキがいなくても4人でもなんとかなるだろ」と13階に挑んで返り討ちになったらしい。


「お前の索敵や斥候の優秀さに今更気づいた。特にポイズンビーは何とかなるもんじゃねえ。気づいた時には近づかれていた。俺たちが甘かったぜ。」

「おいおい、ミツキにまたパーティに入ってくれなんて言わねえよな。」


 ケビンの言葉にユニスが鋭い目つきで彼を睨む。しかしケビンは力なく首を振った。


「さすがにそこまで恥知らずじゃねえよ。」


 ケビンはそこまでするつもりは無いようだ。ユニスは安心したように言った。


「そうしてくれ。ミツキはもう俺たちのパーティメンバーなんだからな。」


 そうユニスが言った言葉は、意図して「仮」という文字を外していた。


「!・・・それって・・・。」


 それに気づいたミツキが顔を上げてユニスを見た。ユニスはミツキに柔らかく笑って、「その話はあとでな。」と、この場での話題は打ち切った。



「これからのことだが、ポイズンビーは追い払ったところだからすぐには来ないだろう。帰還玉を使うにはもったいねえし、しばらく俺たちが警護してやるから休んで回復するんだな。」

「すまねえ。」

「よし、俺たちはここで彼らを警護する。その間周囲を警戒しつつドロップ品を拾おうか。」


 ユニスがプリシラとミツキにドロップ品の収集を指示する。兵隊蜂のドロップ品はすべてユニスたちに譲ると伝えられたので、3人は気兼ねなく魔石と毒針を拾っていった。

 毒針は10cmくらいのサイズなので見つけやすくはあるが、広範囲に散らばっているため集めるのは一苦労だ。しかしなかなかの値段で買い取ってもらえるし、ポーションの材料になりポイズンビー討伐につながるものでもあるため、拾えるだけ拾いたい。

 しばらく針拾いに精を出し、集められた30本ほどの毒針は1か所にまとめられた。


「これ、飛んできたら怖そうですね。」

「魔法や弓矢よりもマシだろ。」


 プリシラのおびえたような言葉にミツキが少しあきれて応える。彼女はユニスやプリシラより高いレベル帯での戦いの経験があるので、毒針くらいは怖くなさそうだ。

 そんな彼女たちのやり取りを横目に、ユニスは毒針を1本手に取ってまじまじと眺める。


(こいつは蜂の一部なのに死んでも消えないんだな。体から離れたらもう別物ということらしいが不思議だ。だがそのおかげで蜂毒を集めてポーションを作ることができるんだから、我々からしたらありがたい話だ。・・・ん!?)


 針を見つめていたユニスに、突然閃きが走った。


(これは・・・ひょっとして行けるか!?)


 ユニスはそのひらめきをしばらく頭の中で吟味していたが、やがてニヤリと笑った。


「どうしたユニス、なんかあくどそうな顔がさらに悪そうになってるぜ。」

「う、うるせえ。元々こんな顔なんだよ。ほっとけ。」


 ミツキのからかいを軽く(?)いなしたが、頭の中は別のことで一杯だった。

 ユニスのひらめき、それは『ポイズンビーの攻略』の可能性だった。

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