第12話 プリシラの思い
プリシラがレベル5になり活動の幅は広がるのだが、当面の目標であるレベル10に至るには今の調子でも1年はかかるだろう。
「もっと効率のいい経験値稼ぎはないか。」
ユニスは独り言のようにつぶやく。
強い魔物がいる場所で狩りをすれば、経験値は増える。しかしそれ以上にプリシラが危険になるリスクが大きくなってしまう。
「焦らないでいいと思います。私は今のままで十分です。」
プリシラの言葉にユニスも頷くが、それでも考えてしまう。
ユニスは自分のカードを取り出した。箱の中を見ると
登録 1 経験値(4983)
2 お金(574,205)
3 体力:180/180
4 魔力:30/30
5 魔石(低級):135
6 魔石(中級):3
7 ポーション(低級):2
・・・・
・・・・
となっている。
経験値はパーティ結成時から貯めていて、かつ週1回の増加により少しだけ増えているのだが、それでも5000ほどしか貯まっていない。
(まだこれだけか。それなりの数字とはいえ、俺がレベルアップするにはまだはるかに足らないだろうな。)
レベルが高ければ高いほど必要経験値は多くなり、必然レベルは上がりにくい。プリシラがレベル4から5に上がるための経験値が3700と言っていたが、レベル30から1上がるにはおそらく2桁以上違うのは間違いない。なので現時点ではユニスは自分のレベルアップは全く考えていない。
(ああ、せめてこの経験値がプリシラの物になったらな。・・・ん?!)
そこまで考えたユニスは、ある可能性に気づいてカードを見つめたまま動きを止めた。
「ユニス、どうしたんですか?」
様子が変わったユニスに気づいて、プリシラが顔を覗き込むように見た。
「・・・もしかして、いけるかもしれないぞ。」
「?、何がですか。」
「今、プリシラの箱の経験値は出したばっかりだから0になってるよな。」
「はい、」
「じゃあその箱の登録をリセットして、俺に一旦返してくれないか。」
「?はい、わかりました。」
プリシラが箱を1つ返したので、今のプリシラの箱は4つ。
「よし、じゃあ代わりにプリシラに渡すぞ、俺の経験値が入った箱を。」
「へ!?」
プリシラの気の抜けたような驚きも気にせず、ユニスは自分の経験値が入った箱をプリシラに送る。
「プリシラ、カード表記はどうなってる?」
「は、はい。」
慌ててプリシラがカードを見る。すると、
登録 1 体力:30/30
2 魔力:30/30
3 お金(1,232,000)
4 ポーション(低級):5
5 経験値(4983)
「キタッ!経験値が移動してる。箱は中の物も一緒に渡すことができるんだ!」
ユニスが試したことは、経験値が入ったままの箱を貸し出すことができるかどうか。結果は、ユニスの箱に有った経験値もそのままプリシラに移動していた。
ユニスは喜びのあまりガッツポーズをした。
「こんなこともできるんですね。ユニスの能力は知れば知るほどすごいです。」
プリシラは感心したようなあきれたような表情でカードを眺めていた。
箱は中身ごと渡せる。考えてみれば簡単なことだったが今まで気づかなかった。
箱をプリシラに渡したのはパーティの最初の時だけ。それ以来ずっと貸しっぱなしで、もちろん他の人に貸し出したりはしていない。今まで気づかなかったのがもったいないくらいだ。
「これで俺が稼いだ経験値もプリシラに渡せる。かなり早くレベル10になれるぞ。」
「すごく嬉しいです!」
ユニスとともに喜んだプリシラだったが、やがてふっと少し沈んだ表情になった。
「ユニス、でもこれじゃあなたに経験値が入らないじゃないですか。」
「ん?ああ、俺に経験値が入らなくても問題ないぞ。俺の次のレベルアップにはまだまだ大量の経験値が必要だろうからな。これっぽっちじゃ無いのと同じだ。プリシラのレベルアップに使ったほうが効率がいいんだ。」
「・・・」
ユニスの喜びとは裏腹に、プリシラは何か思い悩んでいるようだ。
「・・・それで、いつまでユニスの経験値を私に渡してくれるつもりですか?」
「いつまで、・・・そうだな、俺と同じレベルになるまででいいぞ。」
「同じって・・・私がレベル30になるまで経験値をもらい続けるってことですか?」
「そうなるな。」
ユニスと同じレベル30になるには、ボス戦の時のユニスの経験値800万とほぼ同じだけ必要で、いくら週一で増えていくといっても相当期間がかかる。
ユニスの言葉を聞いたプリシラは、キッと口を結んで悔しそうな表情をした。そしてユニスを見てはっきりと言った。
「じゃあ私、経験値なんていりません。」
「・・・え!?」
その言葉は、よろこび浮かれていたユニスにとって想像もしていなかった言葉だった。ユニスは驚いてプリシラの顔を見た。プリシラは、悲しそうな顔をしてユニスを見つめている。
「ど、どうしたんだプリシラ。経験値が要らないなんて。レベルが早く上がるんだぞ。・・・俺、なんか変なこと言ったか?」
ユニスはなぜプリシラが悲しそうな顔をしているのかわからなかった。箱の能力でプリシラのレベルアップが格段に進めることができる。いいことづくめだとしかユニスには思えなかった。
プリシラは悲しい顔のままユニスの目を見て、そして言った。
「私、ユニスからたくさんもらってます。経験値も、箱も、新しい防具も・・・。私いつも、ユニスに申し訳ないって思ってるんです。」
「け、けどそれはプリシラが俺の恩人だから、恩返しをしようって思って・・・。」
「それはわかっています。ユニスが優しさから私にいろいろ与えてくれることは。でも、私はもう十分ユニスから恩返ししてもらったって思ってるんです。これ以上ユニスからもらうものは、私には重荷です。」
「プリシラ・・・。」
プリシラの声はだんだんと大きくなり、叫ぶような声に縄っていた。
「私、もらってばかりじゃ嫌!私もユニスに何かをあげたい、ユニスのためにやってあげたい。・・・でも、何もできない。私はユニスのパートナーになりたいんです。お互いに支えあう、本当のパートナーに。もらってばかりじゃない、本当の”仲間”になりたいんです。」
プリシラの心の告白は、2人の間に沈黙を生み出した。プリシラはそれっきりユニスを見たまま動かない。ユニスは、涙をためたプリシラの顔を見つめたまま何も言えなかった。
(俺は、馬鹿だ。)
プリシラの言葉が少しずつ心に染み、ユニスは自嘲した。
(俺は、プリシラにいろいろと恩返しをすることでプリシラも喜ぶと思っていた。だが、間違っていた。プリシラは一方的に与えられることを苦しんでいたんだ。俺がやっていたことは他でもない、俺自身の自己満足でしかなかったんだ。プリシラは俺の隣に立ちたかったんだ。)
「・・・ごめん、プリシラ。」
沈黙ののち、ユニスがようやく口を開く。
「俺はお前の気持ちを考えず、勝手に先走っちまった。全く、パートナー失格だ。本当にごめん。」
「ユニス。」
「これからはもっと2人で話し合おう。プリシラがどうしたいのか、俺たち2人どうすれば一番いいのか。お互い、心から話そう。」
そう言ってユニスはプリシラの頭に腕を回し、そっとプリシラの顔をユニスの胸にうずめるように抱いた。
それはとても自然な動きだった。ユニスは、そうするべきだと疑わなかった。
「ユニス・・・」
プリシラもそのまま顔を胸にうずめた。プリシラの涙でユニスの服が濡れる。
ユニスはそのまま、つぶやくように言った。
「もうプリシラを悲しませたくない。悲しませない。約束する。」
「・・・ありがとう。」
2人はしばらく無言で抱き合ったまま、時間だけがゆっくりと過ぎて行った。
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