第13話 とある追放劇

 ユニスとプリシラは、その夜遅くなるまで話し合った。

 経験値についてだが、プリシラは要らないとは言ったが、さりとてユニスに比べてプリシラのレベルが極端に低いのはパーティ活動に支障があるのは明らかだ。プリシラのレベルを上げることはプリシラのためだけでなくユニスにとって大いに意味があることなのだ。

 そのため、『プリシラがレべル10になるまでは、ユニスの経験値をプリシラに使う』ことにし、それ以上の経験値の受け渡しをしないことで2人とも了解した。




 翌朝、2人はいつも通り連れ立ってギルドに向かった。

 いつものギルドへの道だが、2人にはなんだか新鮮に見える。昨夜お互いの気持ちをぶつけあったため、今日は2人とも気分一新といった感じで晴れ晴れとしていたからだろう。


「まずはギルドに行って中級ダンジョンの情報を仕入れよう。ダンジョンに入るのは明日からだ。」

「ハイ!」


 プリシラはレベル5になり晴れて中級ダンジョンに入る資格を得た。しかし初級より中級は当然魔物が強く、プリシラに危険が及ぶ可能性が高くなる。ゆえに対策が必要だ。

 ギルドには図書室があり各階層の魔物情報を調べることができるようになっているため、多くの冒険者が図書室に足を運んで魔物の情報を調べている。

 ユニスもプリシラもそういったことは疎かにはしない。2人ともレベルが低い状態で初級ダンジョンの高階層で戦わなければならなかった経験から、魔物に対する事前知識の重要性をいやというほど知っているのだ。

 そのため2人は、まだ一度も入っていないダンジョンにすぐさま行ってみる、などという無謀なことはせず、今日一日は調査と準備に充てることにしていた。




 2人がギルドに入り図書室のある2階に向かおうとしたとき、言い争うような大きな声が聞こえてきた。ギルド内に不穏な空気が漂い始める。


「なんだ、喧嘩か?」

「そのようですね。」


 2人が声の方を見ると、4人と1人という構図で言い争っているのが見えた。


「お前はもうパーティから外す。何度も言わせるな。」

「なんでいきなり追い出されなきゃいけないんだよ。いままで頑張ってやってきただろ!」


 4人の方は剣士風のガタイのいい男を先頭に、女性2人男1人という構成。普通にパーティメンバーという感じだ。

 対する1人の方は、10代半ばくらいの少女。赤毛のショートカットの髪で、服装は軽装備。どうやら彼女が追い出される側なのだろう。

 パーティから誰かが追い出されることはよくあることだ。今回のようにギルド内で公開処刑のように追い出されることもたまにある。ユニスもプリシラも過去に2、3度そんな場面に遭遇している。しかしこれほど大声の口論をして注目を浴びるような追放劇は初めてだ。


「お前のおかげで後衛の奴らが何度もケガをしてんだ。昨日だってそうだ。後ろで守れねえ奴は危なっかしくて使えねえよ。」

「俺は罠とか索敵とかでちゃんと仕事してる。不得意の守りの事で文句を言うのはおかしいだろ。」


 リーダーと思しき剣士の男の口にした追放理由に、赤毛の少女も怒って反論する。彼女は女性ながら自分の一人称が『俺』であり、なかなか勝気な性格をしている。


 騒ぎを見物する他の冒険者と同じく、ユニスもプリシラも黙って成り行きを見ている。他人のパーティ内のもめ事なので2人が口出しをする資格はない。

 が、2人とも思うところはある。ユニスは最初の幼馴染パーティから実質追い出された過去を持つ。プリシラもその特殊能力が嫌がられてパーティを解雇同然に抜けたことが何度かある。長いことソロ活動をしてパーティを転々としていた2人は、追い出される方の赤毛の少女に同情する気持ちが強かった。


「お前、攻撃を避けてるじゃねえか。避けたら後ろの奴らに当たるだろうが。」

「仕方ないだろ。そういう”特殊能力”なんだよ。それを承知でパーティに入れときながら何言ってんだ。」

「特殊能力だか何だか知らねえが、デメリットが大きいんだよ。全く、使えねえ能力だな。」


 どうやら赤毛の少女は”特殊能力持ち”らしい。リーダーの男はその特殊能力を「使えない能力」と言って貶した。

 その言葉を聞き、ユニスはピクッとわずかに体をこわばらせた。表面上は何も変わらないように見えるが、彼の目がやや怒っているように見えた。


「お前、わざと避けたんじゃねえか?」

「・・・あ?何だって。」


 リーダーの悪意が含まれた言葉に、やや場の雰囲気が変わった。


「アリスが可愛いのを妬んで、わざと攻撃を避けてケガさせたんじゃねえのか。」

「馬鹿言うな!そんな卑怯なことするかよ。」


 少女はさっきの口論の時よりも明らかに怒りのボルテージが上がっていた。冒険者の資質の話ではなく、彼女の人間性を疑われたのだ。怒るのも当然だ。


「どうだかな。口じゃ何とでもいえる。」


 リーダーの男はせせら笑うように言った。


「てめえ・・・」


 赤毛の少女はつかみかからんばかりの様子だったが、自制したのかわずかに怒りを鎮め、そして言葉で反撃した。


「・・・俺を口説こうとした奴が良く言うぜ。」

「!なっ。」


 余裕だったリーダーの表情が慌てたものに変わる。それを見て彼女はニヤリと笑った。


「以前の飲み会の後で、酔ったふりをして「俺の女にならねえか」って誘って来たじゃねえか。」

「う、嘘をつくな。」

「おおかたマリアがお前になびかねえからって、俺に鞍替えしようとしたんだろ。ザマねえな。」


 またも流れが完全に変わって、今度はリーダーが守勢に立たされていた。


「そんなこと言った覚えはねえ。捏造すんなよ。」

「酔ってたからっていう言い訳か?ま、口じゃ何とでもいえるぜ。」


 自分が言った言葉でブーメランのように反撃を食らい、怒りからなのか恥ずかしさからなのか、あるいは両方からか、男はみるみる顔を赤くした。


「てめえ!」


 男はジリッと少女に近づく。明らかに実力行使をしようという雰囲気が見て取れ、聴衆もそれに気づいて、一瞬息をのむ。刹那、男が右手を前に突き出して彼女をつかみかかろうとした。

 が、その手は彼女をつかむことはなかった。男の右手首は別の男の手によって掴まれていたからだ。


「よせよ。」


 手首をつかんだ男は、至極冷静な口調で言った。2人は、ハッとしてその男を見る。

 そこにいたのはユニス。彼はいつの間にか2人のそばに来て男の手首をつかんでいた。


「なんだお前!」


 リーダーの男は突然割って入ったユニスに罵声を浴びせた。しかしユニスは感情を顔に表すことなく言った。


「お前を助けたんだよ。」


 ユニスは手をつかんだままぐるりと周りを見渡す。つられて2人も周囲を見た。2人の目には彼らに視線を向けている多数の冒険者の姿が見えた。と同時に怒気が急激に冷めて理性が頭をもたげてきた。


「こんな注目されてる中で暴力をふるったら、どうなると思う?ギルド内は私闘禁止だぜ。」


 ユニスの言葉に自分の不利を悟った男は、ユニスを一睨みして、慌てたように手を強引に振り払った。


「ちっ、分かってるよ。」


 男は赤毛の少女を振り返り、


「とにかく、お前はもうパーティメンバーじゃねえ。わかったか。」


と捨て台詞を残して、他のメンバーとともにあわただしくギルドを出て行った。


 彼らが去った後、見世物が終わったかのように喧騒と共に周囲に散っていく冒険者たち。


「ユニス!」


 プリシラが心配そうにユニスのそばに駆け寄ってきて、ユニスはそれを笑って迎えた。


「大丈夫?。」

「見てただろ。なんともねえよ。」


 そう言ってユニスは残された赤毛の女に目を向けた。彼女は戸惑ったようにユニスを見続けている。ユニスに話しかけたいが、何と話しかければいいかわからないようなそぶりだった。


「横から割り込んですまなかったな。」


 先にユニスが口を開く。そしてそのまま、もう用事が終わったかのように彼女から離れ歩き出した。プリシラも後に続く。


「!ま、待って」


 それを見て赤毛の女性が慌ててユニスを呼び止める。ユニスは立ち止まり、顔だけ振り向くように彼女を見た。


「何だ?」

「あ・・・」


 彼女はとっさにユニスを呼び止めてしまっただけで、何を話すか考えていたわけではない。口ごもりながらも話すべき言葉を探し、ようやく一言口にした。


「・・・なんで俺を助けたんだよ。」


 その問いにユニスは少し考えるように間をおいて、そしておもむろに答えた。


「気まぐれだ。」

「え!?」


 そう言ったユニスは、なおも何か言いたそうな赤毛の女性を残してプリシラと共に去って行った。



 プリシラはユニスの横を歩きながら彼の横顔を見上げた。ユニスは不機嫌そうな顔で黙って前を向いている。

 プリシラには分かっていた。ユニスが騒ぎを止めに入ったのは決して気まぐれではなく、過去の自分と似たような境遇の少女を見て、放ってはおけなかったということを。


「・・・なんだ?人の顔を見て。」


 プリシラの視線に気づいたユニスが振り向く。プリシラはにっこりと笑って言った。


「騒ぎが収まってよかったですね。」

「まあ、な。」


 ユニスは、心を見透かしているようなプリシラの視線から目をそらし、前を見つめて少し速足で歩いて行った。

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