第15話 別れ

「しーっ、声が大きいわよ。聞かれたらどうするのよ。」


 続いて聞こえてきた声。この声の主はエリザだった。

 ユニスには信じられなかった。これまで一緒にやってきた仲間のマルクたちが、自分をパーティーから外すという話をしている。そして聞こえてきた状況から、それを切り出したのはエリザらしい。

 まさか・・・そんな・・・。

 ユニスはいまずぐ部屋に飛び込みたい思いだったが、体が動かず、ただ扉の前に立ち止まっったまま聞こえてくる話を耳にし続けていた。


「言った通りよ。もう私たちはユニスよりも強い。そしてこれからさらに強くなるわ。でもユニスはどう?いくら頑張ったところでレベル1ではこれ以上強くなりようが無い。私たちとの差は開いていって、最後はついていけなくなるわ。だからその前に別れるの。」

「俺たちは村でも一緒に過ごした仲間じゃないか。それを、そんなにあっさり切り捨るなんてできるかよ。」

「でもこのままユニスと一緒に活動しても、何も変わらないわよ。この町はもう私たちでは物足りないくらいの魔物しか出てこない。だけど他の町に行こうにも、ユニスのレベルの低さに引きずられて低レベルの狩場しか行けない。つまり私たちも強くなれないのよ。これからもずっとよ。あなたjはそれでいいの?」


 エリザがユニスと別れたがり、マルクがそれに反対しているには明らかだった。


(エリザが俺と別れたがってる・・・?そんな馬鹿な。エリザは俺に惚れてるんじゃないのかよ。)


 ユニスにはエリザの言葉がとても信じられなかったが、エリザの言葉はそれ以外に聞こえようが無かった。


「それはそうだけど・・・ユニスのレベルを上げる方法が見つかれば、ユニスも強くなれる。町を移るのはそれからでもいいじゃないか。」

「それはいつなの?こんな小さな町で、ユニスのレベルが上がるような希少な物とか方法とか、手に入るわけ?そんなほとんど不可能なことをあてにして、私たちの未来を棒に振るなんてできないわ。」


 エリザは怒ったようにまくし立ててマルクを説得しようとしていた。そしてさらにエルザは続けた。


「大体全部ユニスが悪いのよ。ろくに説明も見ずに箱に経験値を登録しちゃって。私の言う通りお金を登録しておけばこんなことにはならなかったのよ。こうなったのも全部ユニスのせいよ。追い出されたって自業自得だわ。」


 エルザの情け容赦ない言葉にユニスの心はどんどん闇の中に落ちていくように感じた。


(うそだ・・・、うそだと言ってくれ・・。)


「お前・・・ユニスが好きなんじゃなかったのかよ。そんなに簡単に別れるなんて言っていいのかよ。」

「そうね。ユニスの事は小さいころからずっと好きだったわ。」


 エリザは過去形で言った。

 それがわかったユニスは、全身の力が抜けるような感覚に襲われ、ふらついて倒れそうになるのを必死で耐えた。


「小さいころからユニスは輝いていたわ。私に限らずユニスを好きだった年下の女の子も多かったのよ。

 でも今はどう?全然輝いていないわ。私の方がもう強いのよ。信じられないわ。それに最近いつも暗い顔をしてふさぎ込んでる。そんなユニスを見るのはもう嫌。もう昔のユニスはいないのよ。」

「エリザ・・・」


 マルクは次の言葉を継げなかった。何を言っても意見を翻さないと分かり、何を言えばいいのかわからなくなった。

 そんなマルクを見てエリザは一つため息をついて言った。


「ま、マルクがユニスを追放しないって言うんならそれでもいいわ。その時は私が出て行くだけだから。」

「・・・っ、エリザ!それは。本当にそんなことを。」

「本当よ。ユニスが抜けなければ私がパーティを抜けるわ。どう?マルク。私とユニス、あなたはどっちを取るの?」

「・・・!」


 彼女はどうあっても「ユニスと別れる」つもりだ。そしてマルクは、ユニスとエリザのどちらをとるのか、その選択を迫られていた。


 二者択一を迫られたマルクは、しばらく言葉を発しなかった。ユニスからは見えないが、おそらく悩んているのだろう。長い沈黙の時間があった。

 しかし、その沈黙も終わる時が来た。


「分かったよ、エルザ。君を一人にはしておけない。ユニスには・・・パーティを抜けてもらう。」


 マルクの言葉に、ユニスは目の前が真っ暗になった。信じていたエリザに裏切られ、最後までかばっていたマルクも結局はユニスを捨てる決断をしたのだ。


「ありがとう、マルク。そう言ってくれると思ってた。」

「わ・・ばか、よせ。抱きつくなよ。」


 扉の中から聞こえてきたその声を聞いたところで、ユニスの記憶は切れていた。




 ユニスが気づいた時、彼は自分の部屋のベッドで横になっていた。どうやって自分の部屋に移動したのか、全く覚えていなかった。寝ながら涙が流れていたようで目のあたりに違和感があったが、それはすでに乾いていた。


 ユニスはそのままの姿勢で思いを巡らせた。マルクとエリザの話はまるで夢だったかのように思えた。が、ユニスにはそれが現実逃避でしかないことを理解しなければならなかった。


 彼は頭の中を整理しようとした。さまざまな思い、過去の出来事、思い出す言葉・・・。

それらがユニスの心をぐるぐるとかき回し、浮かび上がって、そして消えていった。



 さらにどのくらいの時間が経っただろうか。考える時間が終わり、ユニスは自分なりに心を決めていた。


「俺は捨てられたんだ。どう言葉を取り繕おうとも、その事実に変わりはない。」


 ユニスは口に出してそうつぶやいた。


 ならば自分からパーティを抜ける方がいいだろう。

 それは他でもない、自分の為。マルクたちから別れを切り出されるより、自分から切り出したほうがプライドを保てる。心の傷が少なくて済む。


 そう決心したユニスは、顔を洗おうと部屋に置いてあったタライに近づいた。

 タライの中にユニスの顔が映る。ひどく暗い顔だ。涙の跡もはっきり見える。


「俺、こんな暗い顔してたのか。これじゃエリザから愛想をつかされるわけだ。」


 ユニスはタライを覗き込んだまま、クククと笑い続けたのだった。


◇◇


「マルク、エリザ、大事な話があるんだ。」


 翌朝、マルクとエリザと顔を合わせたユニスは、即座にこう切り出した。彼らから話をされる前に先に話し出したのだ。


「俺はもうこのパーティでは足手まといだ。だからパーティを抜ける。」


 そう切り出したユニスに、驚きの表情を浮かべた2人。その驚きは、ユニスがパーティを抜けたいと言い出したことに対してではなく、自分たちの言おうとしてたことをユニスが先に言ってきたことに対してだったが。


「パーティーを抜けるだって!?・・・どうして急に」


 あわててマルクがユニスに問い返す。


「これまでもいろいろ考えてたんだ。このままじゃお前たちにも迷惑がかかる。今の俺では強い魔物とは戦えないから、マルクたちのレベルも上がらないだろ。ここで分かれるのが一番いいんだ。」

「ユニス、何言ってるの。私たちは仲間でしょう。まだやっていけるわよ。」

「そ、そうだぜユニス。お前がいないパーティなんて考えられるかよ。」


 エリザはさも驚いたようにユニスを引き留めてきた。その言葉や表情は自然で、知っていなければ騙されそうだった。一方マルクは、表情や言葉に罪悪感のような戸惑いが見られる。

 しらじらしい、とユニスは感じた。エリザはこんなうそを平気で言えるような女だったんだな。マルクはぎこちないが、それでもうそを言っているのはエリザと同じだ。

 

 それからもマルクとエリザは口々に引き留めたが、ユニスにはその言葉に熱意を感じられなかった。どこかホッとしたような、緩い引き止めのように思えてならなかった。




「・・・わかった。ここまで言ってもダメなら、もうお前を止められない。お前の好きにしたらいい。」

「・・・あいがとう。」


 しばらくの話し合いののち、ついに説得をあきらめたかのようにマルクはユニスがパーティを抜けることを渋々といった感じで認めた。

 エリザを見ると、彼女は泣いていた。もちろんウソ泣きだ。

 その姿を見ながらユニスは思った。


(もう誰も信じられねえ。特に女性はもう信じねえ!)


 そう思ったがユニスはおくびにも出さず、彼らと最後の会話を続けるのだった。


◇◇


 その日のうちにユニスは宿を出た。もうこれ以上2人の茶番を見たくなかったからだ。


(まあ、自分も茶番をやってるから、文句も言えないよな。)


 本心を偽って白々と会話をしていたのはユニスも同じこと。そう思うと、なんて不毛な会話をしていたんだろうとばかばかしくなり、彼は自嘲気味に笑った。



「ユニス、これからどうするんだよ。」


 宿を出るとき、見送りに来たマルクが尋ねた。


「そうだな、どこに行くかはまだ決めてないが、しばらく冒険者は続けるよ。」

「そうか。・・・元気でな。」

「ユニス、忘れないでね。」

「・・・もちろん忘れないよ。(ていうか、ある意味絶対忘れられねえ!)」


 ユニスは2人に背を向けると、振り返らずに歩きだした。



 ユニスはまだ冒険者を続けるつもりだった。

 ユニスはレベルが上がらない。それでいて冒険者を続けるということは、これからもつらく苦しい生活が続くだろう。心無い奴らから蔑みや嘲笑もあるだろう。


 しかし彼にはわずかだが希望があった。それはもちろん「箱」の中のものだ。


『この箱の中が開かれることがあれば、俺は変われる。あきらめるのはまだ早い。とことんやってやるさ。』


 ユニスは過去と決別し、新たな道を模索するように歩き続けていった。

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