第24話 作戦決行
ポイズンビーの巣は14階層へ向かう階段のそばにあった。彼らが復活発生する場所はいつも同じこの場所らしく、そのため13階から14階に行く階段が封鎖状態となり11、12階の渋滞につながっている。
3人はそこから50mほど遠方から巣を眺める。
巣は六角形の形の小部屋のようなものがびっしり集まったもので、大きさは直径5m以上もある巨大なものだ。そして各部屋にはそれぞれには卵や幼虫がいて、不足が生じた場合はそれらが孵化成長して順次追加される、と資料にはある。
巣は崖のような岩場を背にしていて、その前面は木々に囲まれたなかにぽかりと開いた30m四方の小さな空間のようになっており、そこの地面は膝丈くらいの草で覆われている。
空間には30体ほどの兵隊蜂が木々に邪魔されることなくブンブンと飛び回っている。そしてその兵隊蜂と巣との間にひときわ大きな蜂がいる。これが女王蜂だ。
女王蜂は全長3mくらいだが、地面に横たわったままでほとんど動かない。女王蜂は戦闘力がなく、そこにたどり着けさえすれば簡単に討伐できるらしい。女王蜂の戦闘力の代わりになっているのが30体の兵隊蜂なのだ。
つまり兵隊蜂30体との戦いがポイズンビー討伐のポイントなのだ。
「あれがポイズンビーの巣か。」
木の陰から半身を出して、ユニスがつぶやくように言う。女王蜂と巣の前、その前にいる多数の兵隊蜂の姿は、小さな要塞のような趣があって壮観だ。
兵隊蜂はユニスたちに気づいているはずだが、こちらには飛んでこない。女王蜂を守ることが使命ということだろう、警戒する様子でこちらを見ながら女王蜂と巣の周りを飛び回っているだけだ。
「あれを3人で討伐するというのは、普通なら無謀ですね。」
「だな。ユニスの特殊能力が無けりゃこっちが10人以上でも突っ込んでいくのはヤダね。」
プリシラとミツキがネガティブな感想を口にする。彼女たちの感想はこれまでここを訪れた冒険者の感想と変わることろはない。
「だが実験してみて『できる』ってわかったんだ。心配するなよ。」
そんな2人を元気づけるようにユニスは力強く言った。
実はここに来る前、ユニスの案が通用するか確認するために巡回中の兵隊蜂と戦っていた。
結果は圧勝。5体の兵隊蜂は1分とかからずにユニスに倒されたのだ。
戦闘後、結果に満足げなユニスと、驚きと納得が同居しているようなプリシラとミツキの、対照的な顔が印象的だった。
実験は大成功。それでも2人は不安顔だ。ポイズンビーの女王蜂といういわば中ボスとの対戦は初めての経験であり、懸念の種が尽きることはない。
「あいつらの毒針はもう封じられたも同然だ。毒針のないあいつらはもう脅威じゃねえ。あとはあそこの親玉を討伐するだけだぜ。俺たちの手で。」
ユニスは2人を鼓舞し、それに応えてプリシラもミツキも顔を引き締める。ユニスは彼女たちのその顔を確認し小さく頷く。
「2人とも、準備はいいか。」
「もちろんだ。ちょっとワクワクしてきたね。」
「いつでもOKです。」
2人の頼もしい返事を聞き、ユニスは気合を入れた顔で前を向き、スウっと息を吸った。
「よし、行くぞ!」
ユニスの掛け声とともに3人は駆けだした。
隊列はユニス、プリシラ、ミツキの順。3人が距離を取らずに一丸となって突き進む。今までと違いプリシラを戦いの只中に置く理由は、兵隊蜂の数が多いため離れていてはユニスたちの対処が間に合わないからだ。そのため危険ではあるが3人一緒に行動する。プリシラには特殊能力『分与』があり、ダメージを受けても1/3に軽減されるために取れる作戦だ。
「ビィィ!」
「ビィ!」
「ビィ!」
近づく3人に気づいた兵隊蜂は待っていたかのように一斉に隊形を整え、ユニスたちに向き合うように並ぶ。
さらに3人が近づくと、前方にいた蜂の一部が左右に割れて前進を始める。その割れた2組の間を前進するユニスたち。
3人と2組の蜂とがすれ違った瞬間、蜂は向きを変えて3人の後背に頭を向ける。3人は三方から包囲された形になった。
「ビィ!」
隊長なのだろうか、1体の蜂が声を上げ、それを合図に蜂は黒黄縞の腹を動かして尻を突き出し、3人に向けて一斉に針を飛ばした。
前後の囲み約15体から放たれる針、およぞ150本。それが3人の前後左右上方と、地面以外のあらゆる方向からユニスたちに突き刺さらんと飛来する。
これが前方だけなど限定された方向から来るのであれば魔法や防具などで対処も可能だろう。しかし蜂は空中を飛び回り簡単に後背に回ることのできる機動力を有している。そのため敵に向けてあらゆる方面から針を撃ち込むことが可能なのだ。兵隊蜂の毒針には全方位防御をしなければ対処は不可能。
撃ち出された針はあらゆる方向から3人に飛んでいき、そしてそのうちの何割かは3人に当たった・・・はずだった。
しかし、3人の体に当たった瞬間、針はかき消すように消えた。
「おお、本当に刺されてねえぞ。マジかよ。」
「当たりそうになるのは怖いですけど、当たらなければどうということはないですね。」
ミツキとプリシラは楽しそうに言い、ユニスはわずかに口元に笑みを浮かべて振りかえっる。3人は毒針を気にする様子もなくそのままさらに突き進んでいく。
毒針は3人に刺さらずに消えた。針は一体どこへ行ったのか。
その答えは『箱の中』。
ユニスの箱には『自動収納』という機能がある。箱に登録していれば、体に触れたものが自動的に箱に収納されるというものだ。
ユニスはケビンたちを救援して蜂の針を拾ったときに、飛来する蜂の針でも自動収納が可能なのでは、という可能性に気づいた。
蜂の針は撃ち出されたあとは蜂の一部ではなく単なる物質として扱われる。どのタイミングでそうなるか、飛んでくるものも自動収納できるか、などいくつか懸念があったのだが、試しにユニスが箱に蜂の針を登録して戦ってみて実際に飛来する針をうまく収納できた。これによりユニスの『箱』を使用したポイズンビーの討伐が可能であると判断できたのだ。
登録 1 経験値(・・・・・・
・・・・・
・・・・・
5 蜂の毒針(14)
プリシラとミツキに貸与した箱にも『蜂の針』が登録されている。だから現在の戦闘では全員が蜂の麻痺毒に対して完全にフリーになっているのだった。
3人は毒に侵されずに巣に向かって突き進んでいく。
その”異常”に気づいたのか、さきほど針を発射しなかった蜂15体が動いて続けざまに毒針を放つ。だがこれも3人には効かない。
3人の緩まぬ前進に、兵隊蜂は接近戦を仕掛けざるを得なかった。
そこからは3対30の入り乱れての乱戦となる。
「シッ」
ユニスの掛け声とともに愛用のジャイアントキラーが舞い、次々に兵隊蜂に傷を負わせていく。
「ハッ!」
ミツキは巧みによけながら、またプリシラに近寄ろうとする蜂に牽制しながら、逐次ダメージを与えていく。
ユニス達は強いが、30体という数はかなりの暴力である。兵隊蜂の攻撃に対し全く無傷というわけにはいかず、しばらくすると3人に兵隊蜂から受けた傷が目につくようになってきた。
「ヒール!」
そこにプリシラのヒールがかかる。プリシラは自分にヒールをかければ自動的に全員に分与され、離れた場所であっても蜂にヒールを与えることなくパーティ全員を回復できる。いわば『味方だけに効果がある広範囲ヒール』という感じだ。これで分与による減衰がなければパーフェクトなのだが。
「ナイスだ、プリシラ。」
「おっし、まだまだやれるぜ。」
それでもプリシラのヒールで傷が回復したユニスとミツキは、気合も新たに兵隊蜂と戦闘を継続する。
戦闘はユニス達優勢に始まり、さらにそれが加速していく。
ポイズンビーの長所は「集団行動」「麻痺毒針」「空中機動」だ。これら3点が冒険者たちの脅威となっている。
しかし今回の戦闘ではユニスにより最も脅威である「麻痺毒針」が封じられてしまっている。また「空中機動」も巣の前の戦闘では満足に活用できない。
巡回する蜂の場合、冒険者たちの剣では届かない空中を自由に飛び回って戦う。その3次元の機動は魔法や弓矢などの遠距離攻撃でさえも手を焼く。
しかし今回の戦闘では兵隊蜂は上空に飛んで避けることはできない。なぜなら上に移動すればユニスたちと女王蜂との間に遮るものがなくなるからだ。
これまでの兵隊蜂の巣の前の戦闘では空中機動が不全である部分を集団行動と麻痺毒針とで補っていた。しかし今回ユニスたちには麻痺毒が通じないため、長所を生かせない。
ユニスたちは着実に前進し、兵隊蜂はそれを阻むために、無謀ではあるが上空の利を捨てて接近戦を挑まざるを得ない。
毒針がない場合のポイズンビーの戦闘レベルは、推定ではあるが単体でLv10以下というところだろう。集団になれば10程度か。
そのように弱体化した兵隊蜂はユニス達に敵うはずもない。兵隊蜂は徐々に倒され、ついには10体以下にまで減った。
(ここだ!)
ユニスはタイミングをみて力づくで前方を切り開き、空いた空間をダッシュで抜け出した。向かうは敵のボスである女王蜂。
このまま戦っても勝てるが、もしかしたら減った兵隊蜂が新たに巣から生まれて補充されるかもしれない。そのリスクも考えてユニスは女王蜂に突進していく。
「ビィィ!」
ユニスの動きに慌てた兵隊蜂は、女王を守ろうと一斉に後を追いすがる。
しかし、それは届かなかった。
「これで、終わりだ!」
大きすぎて動きが鈍い女王蜂は、近づかれると終わりである。ユニスは女王蜂の頭部に向かって剣を振り下ろす。
ジャイアントキラーは女王蜂の頭と胸の間を切りつけ、そしてその頭部を切り飛ばした。
「ビィィィィィ!」
かん高い断末魔の悲鳴を残し、女王蜂は動きを止め、そしてやがて消えて行った。
同時に、残っていた数体の兵隊蜂も力なく地面に落ちていき、そして消えて行った。
こうしてユニス達は、中級ダンジョンの脅威だったポイズンビーをわずか3人で討伐したのだった。
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