第42話 盗み聞きと覗き
「ふんふんふーん♪」
夕食を終えた後、彩音はお風呂に入るために脱衣室へやって来た。服のボタンを外し、腰に巻いているベルトを取る。
電気の明かりによって照らされる彩音の綺麗な肌に、大きめのバスタオルを巻き付け胸から太ももまで隠した。
パジャマと下着、そして体や頭を拭くためのタオルを入れたカゴ漁り、何かを探し始める。
「あっ、バンドを持ってくるの忘れた。キャリーバッグはリビングだし………仕方ない、一回取りに戻るかぁ………」
長い髪を固定するためのバンドを忘れている事に気がついた彩音は、バスタオルを巻いたまま脱衣室を出て、俺と柚梪の居るリビングへと向かい始めたのだ。
彩音がリビングに入ろうとした時、俺と柚梪の会話が耳に入り、彩音はピタッと足を止める。
「こりゃあ、少しの間騒がしくなりそうだな」
「いいじゃないですか。私は、彩音ちゃんと久しぶりに会えて嬉しいですけど♪」
その会話は極々普通の会話だった。何の変わりもない普通の会話だ。
(うーん、話の邪魔になるかなぁって思ってたけど、大丈夫そう)
彩音は、俺と柚梪が2人きりで会話をしたいる事に、話の邪魔になってしまうと感じていた。しかし、特に変わった事は話しておらず、雑談そのものだと分かった彩音は、少しでも2人だけの時間を作ってあげられるよう、すぐにバンドを回収してお風呂に入ろうとする。
そして、リビングに足を踏み込もうとしたその時だった。
「た、龍夜さん………」
「ん?」
「その、ちょっとお話が………ございまして」
(………! 柚梪ちゃんの声が少し弱くなった? どんな内容なんだろ………気になる!)
突如として、柚梪から俺へ話を持ち込み始めた。彩音は、柚梪の声からして………邪魔するべきじゃない。今リビングへ入るべきじゃないと即座に判断をする。
しかし会話の内容が気になった彩音は、リビングに入る事なく廊下から俺と柚梪の様子を伺う事に。
「どうした? 急に改まって」
「えっと………今彩音ちゃんは、お風呂に入ってるんですよね?」
「あぁ、あいつ………なかなか長いんだよなぁ。昔からだけど」
(むぅ! 失礼なっ。最近は1時間30分くらいで上がってるもんっ)
頬をプクッと膨らましながら、胸を持ち上げつつ腕を組む彩音。
「その、雪が産まれてから………もうすぐで1年が経過するじゃないですか? だからその………私、もう1人欲しいなって」
「あぁ………子供の話か。うーん………まだ早くないか? 雪もまだ立ってから1~2歩進むのが限界な所だし」
柚梪の口から出た話は、2人目の子供についての内容だった。彩音の判断は正しく、リビングへ入っていたら雰囲気を壊す所か気まずい空気になってしまう所だった。
「でも、龍夜さん………最近お仕事で疲れて全く構ってくれないじゃないですか………」
「そりゃあ、俺だって愛する柚梪に構ってあげたいよ。けど、この時期は仕事が一番多く入ってくるんよ」
「それは………分かってますけど………」
(おやおや………なんか甘い空気になりつつあるかぁ? 盗み聞きしてるようで罪悪感があるけど………気になる!)
彩音は廊下の壁ギリギリまで体を寄せ、リビングの方に耳を寄せる。その体制は完全にストーカーと同じだ。
「拾ってもらえたあの頃から、龍夜さんの優しさと愛情から育った私は、常に龍夜さんから愛を注いで貰わないと生きて行けないんですっ」
「いや、ちゃんと注いでるだろ?」
「違いますっ、もっとこう………形で!」
彩音はそろ~りとリビングに半分だけ顔を出し、ソファに座っている俺と柚梪を観察し出した。
柚梪は俺に期待が溢れるようなキラキラとした視線を向けており、俺はそんな可愛い柚梪に迫られ困っていた。
「龍夜さぁん………私、もっと龍夜さんに構って貰いたいですぅ、スキンシップが足りないんですよぉ………」
「わ、分かったから………そんな切なそうな顔をしないでくれ」
柚梪に押しきられてしまった俺は、膝を手でポンポンと軽く叩き、膝の上に来るように柚梪へ伝える。
柚梪はほんのりと嬉しそうな表情になると、俺の膝の上にまたがって、肩の上に手を乗せる。そして俺は柚梪の背中へ腕を通して、軽く抱き締める。
「万が一、彩音が早めに戻って来たらいけないから、少しだけだぞ?」
「はい………♪」
俺は柚梪にそう伝えると、柚梪の方からキスを仕掛けてくる。そして、俺と柚梪のキスを見ている彩音は、ほんのりと顔を赤らめていた。
(す、すごい………柚梪ちゃんってば、あんなに大胆になってたんだ………)
リビングに甘い音と雰囲気が漂い始め、彩音の心臓はドキドキと鼓動を高く鳴らしだす。
(ダメダメっ! これはお兄ちゃんと柚梪ちゃんのイチャラブタイムっ! 勝手に覗くのは妹として失格っ! とにかく、今日はバンドなしでどうにか髪を洗おう! そして、少しでもお兄ちゃん達にイチャイチャの時間を………)
彩音はこれ以上覗く訳にはいかない事から、脱衣室へ戻ろうとする。しかし、不意にも足を滑らせてしまったのだ。
「あっ………」
そして、彩音はリビングの中へ前から倒れてしまった。倒れた時の衝撃でドンッと音がなり、甘いキスを堪能していた俺と柚梪は、音のしたリビングの出入口へ視線を向けるのであった。
「あ、彩音ちゃん………!?」
「あーっ………こ、こんばんわぁ~」
彩音は苦笑いをしながら、申し訳なさそうにそう挨拶をする。
「彩音………何してるんだ?」
「いやぁ~………別に? ちょ~っと忘れ物を取りに来たって言うかぁ~」
「もしかして、さっきから雪が廊下の方をずっと見つめていたのは、お前が居たからか?」
「え? 雪ちゃん………?」
彩音は少し視線をずらすと、彩音をじっと見ている雪の姿があった。
「雪が廊下から一切視線を変えないから、おかしいと思ったんだわ。お前、話を全部聞いてたな?」
「………ごめなさい! お風呂入って来まーす!」
彩音は怒られると察し、ものすごいスピードでその場を去った。そして、彩音に全て見られていた事を知った柚梪は、顔をりんごのように真っ赤に染め上げる。
それはもう、半分泣き出してしまうほどに。
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