第7話 暇な時間だけど
午前9時34分。時計の秒針が進む音だけが響く静かなリビングにて、ソファに腰掛け天井をボーッと見つめる俺。
一方、柚梪は俺の肩に頭を乗せて、目を瞑っているが寝てはいない。
土曜日と言う休日………柚梪と一緒の時間を過ごせるのはとても嬉しいのだが、何もする事がなくて暇である。
「暇だな」
「そうですか? 私は、ゆったりと時間が過ごせて幸せですけど」
柚梪に関しては、毎日この時間は掃除をしたり洗濯物を干したりしているのだが、俺が家に居る日は2人で家事を分担するため、柚梪からしたら自由に過ごせる時間が増えている事になる。
しかし、仕事の無い日にする事がない休日など、逆にどう時間を潰せばいいのか分からない。
「なんか時間を潰せる事ないかな………」
俺がそうポロッと呟くと、柚梪がそっと目を開いて「う~ん」と可愛い声を発した。
「なら、ショッピングモールにでも行きますか?」
「え? なんでショッピングモール?」
柚梪の提案に首を傾げた俺。今、特に何か買わないといけない物などあっただろうか?
「食材はこの前補充したばかりだし………服とかタオルも間に合ってる………何か欲しい物でもあるの?」
「はい。赤ちゃんの服とかですね」
「いや、だからまだ早いって………せめて性別が分かってからでしょ………」
何かと気が早い柚梪。子作りをしたとは言えど、絶対に妊娠するとは限らないし、性別が分からない状態で買い物など、お金の無駄だと思う。
「もし女の子用の服を買っても、産まれてくる赤ちゃんが男の子だったらどうする? また買い直しになって、お金が勿体無いだろ?」
「むぅ、なら………男の子が産まれるまで赤ちゃん作ればいいじゃないですか。龍夜さんとなら、何人でも子供作って産みますよ?」
「破産するわ」
そう言ってくれるのは非常に嬉しい事だが、生活するためのお金についても考えてもらわなくてはならない。
子育てとは、たった1人だけだとしても莫大な費用がかかるのだ。俺の給料は決して少ない訳ではないが、すぐに底が尽きてしまうだろう。
「それに、子供たくさん作ったって忙しくなるのは柚梪なんだぞ? 仕事が休みの日は俺も面倒見れるけど、ほとんどは柚梪が見てあげないといけないし」
「た、確かにそうですね。よくよく考えてみれば………」
赤ちゃんとは可愛い存在だ。けど、後先を考えずに作りまくれば、必ず後悔する。お金・体力・時間全てを使う………それが子育て。
柚梪には無理をしてほしくない。だからこそ、ちゃんと段階を踏んで行かなければならないのだ。
「と言っても………俺も子育てなんかした事ないから………正直、不安ではある」
「龍夜さん………大丈夫ですっ。私も不安ですから」
「………それ、素直に安心出来ねぇんだよなぁ」
自慢気な顔でそう言ってくる柚梪だが、結局は両者とも不安しかない。とてもじゃないが、安心など出来るはずがない。
俺はおでこに手を当てて、はぁっとため息を吐く………すると、柚梪が「ですが」と小さく呟く。
「私、乗り越えられると思うんです。私1人だけの力じゃ………絶対に無理だと思います。けど、私には龍夜さんが居ます。1人じゃダメでも………2人で力を合わせれば、どんな困難でも乗り越えられると思うんですっ」
それは、柚梪が俺に寄せている信頼そのものだった。確かに、今日までたくさんの出来事があった。
例えば、柚梪が初めて料理をした時。野菜を切った時の大きさが見映えが悪いほどバラバラだったり、調味料を入れ間違えたり、お皿やコップをいくつか割ったりなど。
失敗は時間をかけて自身で考え、改善して行く事で、いずれは無くす事が出来る。けれど、自分ではどうしようも出来ない事がほとんどだ。
だからこそ、誰かに助けて貰ったり、助言して貰ったり、勉強させて貰うのだ。
今の柚梪は、料理が上手く片付けが素早い。けど、最初の頃は下手くそで失敗ばかりだった。しかし、諦めずに取り組んだ事で、今の柚梪が居るのだ。
「私はたくさんの事を龍夜さんに教えて貰いました。龍夜さんが居てくれたからこそ、今の私が居るんだって実感しているんです」
「そうだな。本当に大変だったよ………ちょっと目を離せばすぐにトラブルを起こして、涙目になりながら必死に謝ってくるんだもん」
「なっ………!? ちょっ………急に黒歴史を語らないでくださいっ!!」
柚梪は顔を真っ赤に染めながら、俺の肩をポコポコと叩いてくる。
「けどさ、今となっては良い思い出なんだ。教えるのって本当に大変なんだなって初めて実感した。怒られるって思っていたのか知らないけど、あの時の柚梪が可愛いくて仕方なかったんだよなぁ」
「もうっ………!! 龍夜さんっ!!!」
「あはは。ごめんごめん」
追い討ちをかけるかのようにからかう俺に、顔を真っ赤に染めた柚梪は、俺の胸元目掛けて優しい頭突きをしてくる。
頭突きをした柚梪は、そのまま俺の胸に顔を埋もらせたまま、起き上がろうとしない。
「私だって………あの時は少しでも龍夜さんの力になれるように頑張ろうって思ってました。けど、実際にやってみると分からない事だらけで、逆に迷惑ばかりかけてました」
そして柚梪はゆっくりと体を起こすと、俺の目を真剣に見つめる。先ほどの照れた顔が嘘かのように、真っ直ぐな眼差しだ。
「それでも龍夜さんは、私に愛想を尽かす事なく、教え続けてくれました。その………本当に感謝しています。自分を変える事が出来たので」
途中、少しだけ照れ臭くなったのか言葉を躓かせていたが、心の底から柚梪の暖かい感謝の気持ちがよく伝わってきた。
俺はそんな柚梪に、優しく微笑む。
「どういたしまして。俺の方こそ、俺の為に頑張ってくれてありがとうな。これからも期待しているからな」
「はいっ、ご期待に応えられるよう、最善を尽くします!」
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