第8話 甘~いお昼寝

 太陽の光が照らす如月龍夜家の庭。洗濯機で洗濯をして濡れた服やタオルを広げ、物干し竿に干していく柚梪の姿があった。


 朝食を食べる前に仕掛けた洗濯物を、お昼の太陽が真上に登ったくらいに干すのが、柚梪の決まりだそうだ。


 籠から洗濯物を1つ取り出しては、1度バサッと広げて、物干し竿に引っ掛ける。その手慣れた手つきは、何年間も家事をしてきた努力の証である。


「ふぅ、これで全部っと」


 籠の中に入っていた洗濯物を全て干し終わり、柚梪は右手首でおでこを撫でる。


 空っぽになった籠を持って、玄関から家の中に入る。サンダルを脱いで脱衣室に籠を置きに行くと、そのまま洗面台で手を洗う。


「龍夜さーん♡ 洗濯物が終わりましたー! 甘えさせてくださ………」


 手を洗い終わった柚梪は、ルンルンな気分でリビングへと戻ってくると、早速俺に甘えたいアピールをしようとしてくる。


 しかし、その肝心な俺はお昼ご飯でお腹が満たされていた事で、ソファの上で寝っ転がってお昼寝をしていた。


 それを見た柚梪は、そっと俺の側に近寄ると、優しい声で話かける。


「龍夜さん? 寝ちゃったんですか?」

「……………」

「龍夜さん。本当に………寝ちゃったの?」

「……………」


 柚梪は何度か俺に声をかけてみるが、俺が目を覚ます事はなかった。


「そう、ですか。龍夜さん………寝ちゃってるんですね………♡」


 すると、柚梪はそう呟きながら少しにっこりと微笑む。柚梪は、自分の顔と俺の顔の高さが同じになるよう調整してしゃがみ、俺の寝顔を眺める。


(龍夜さん………気持ち良さそうに寝てる………お昼から龍夜さんの寝顔を見れるなんて幸せ♡)


 柚梪はまるで癒されているかのように微笑んだ表情で俺の寝顔を眺める。


 しかし、同時に柚梪は1つ出来ない事がある事実が脳内を横切る。


(うーん………龍夜さんの寝顔を見れるのは嬉しいけど、甘えられない………龍夜さんの温もりを感じたいのに………)


 それは、柚梪が俺に甘えたいと言う気持ちの発散が出来ない事だ。


 今の柚梪は、とにかく俺に甘えたいと言う気持ちでいっぱいだった。しかし、俺が寝ている事によって会話が出来ないのはもちろん、抱き締めて貰う事も出来ないのだ。


 かと言って、ぐっすりと眠っている俺を起こそうとする事は出来なかった。


(どうしようかな………龍夜さん、しばらく起きそうにないし………! そうだっ!!)


 そして柚梪は、豆電球がピカッと光るようにある方法を思いついた。


「………龍夜さん、ちょっと失礼しますね♡」


 柚梪はゆっくりと立ち上がると、出来るだけ音を立てずに俺の隣に寝っ転がってこようとする。


 ソファで寝ている俺は、左腕を枕にし、体の体重を背もたれに寄せている。その為、ソファの座る所の半分ほどスペースが空いているのだ。


 そのスペースに、柚梪は寝っ転がり、自身の体を極力俺に寄せて、体全身で俺の温もりを感じようとしていた。


「はぁぁ♡ 龍夜さんの体、暖かい………龍夜さんに守って貰ってみたい………♡ 龍夜さん、好きぃ♡」


 柚梪は、俺が起きていない事を利用し、普段は口に出さないほどの好意を存分に放つ。


「龍夜さんが起きている時は、恥ずかしくて言えないけど………起きてないなら、好きなだけ言っても………いいよね♡」


 柚梪は俺の心臓辺りに顔を埋もらせ、足を少しだけ絡めてくる。


「龍夜さぁん………好きぃ、龍夜さんのお嫁さんになれて………私、幸せでいっぱぁい………龍夜さん、龍夜さぁん………好き、好きぃ♡」


 完全に甘える事で頭がいっぱいになった柚梪。抑えていた声も、ほんの少しだけ大きくなる。


(………どうしよう、龍夜さんの温もりで心が満たされているからか、ちょっとだけ………眠たくなってきちゃいました………)


 やがて、柚梪の瞼は少しずつ重たくなっていき、眠りに落ちる寸前まで来ていた。


「龍夜さん………まだ起きそうにないですし、私もこのまま………寝ちゃおうかな」


 最後にそう呟いた柚梪は、睡魔にその身をまかせて眠りについた。その寝顔は、なんの邪気もない………安心しきった子供のような寝顔だった。


 最初こそ眠りが浅かった柚梪は、1分も経たない間で深い眠りに入っていた。


 そして、ゆっくりと瞼を開ける俺………


「はぁ、そんなにゴソゴソとされたら………誰だって起きるっつーの」


 そう、俺はすでに目を覚ましていた。柚梪が足を絡ませてくる時の違和感で、深い眠りから徐々に覚醒していたのだ。


 何かと目を開けようとした時、柚梪の必死に甘える声が聞こえてきた。そこで俺は、『今はまだ起きちゃいけなさそう』と感じ、可愛い柚梪を抱き締めたい欲を抑えてまで寝たふりをしていたのだ。


「あんなに『好き』だとか『お嫁さんになれて幸せ』とか女の子に言われて、嬉しくない男なんて居るかよ。困った妻だなぁ」


 俺は小さな声でそう呟きながらも、胸の中で眠る柚梪を、両手で優しく包み込み、ギュッと優しく抱き締めた。


「………俺だって、こんなに可愛いくて優しいお嫁さんが出来て、最高に幸せだよ」


 最後に、ぐっすりと眠る柚梪にそう言って、俺は再び瞼を閉じて眠りにつくのであった。

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