第9話 外食のお誘い電話

 夕方17時30分頃の事。柚梪が夕食の支度を進めており、リビングに香ばしい匂いが充満。呼吸をするたびに食欲をそそるその匂いで、鼻が幸せになる。


 お風呂から上がって来た俺は、タオルで濡れた髪を拭きながらソファに腰を下ろす。


 目の前のテーブルに置いてあるスマホを手に取ろうとした瞬間、ブーッブーッとスマホから振動が出始めた。


「………? 彩音からか」


 そのスマホの振動は電話のお知らせであり、電話を掛けてきた相手は、俺の妹である彩音からだった。


「彩音ちゃんから電話ですか?」

「あぁ。なんの用事か知らねぇけどさ」


 俺の呟きを聞きつけた柚梪が、キッチンのカウンター越しから聞いてくる。そして彩音からの電話に出て、スマホを耳元に近づける。


「もしもし? どうした彩音」

『あっ、お兄ちゃーん! やっほー!』


 スマホ越しからでも分かる元気の良い声に、昔から全く変わってない事が伝わってくる。


「で、なんの用事だ? こっちはもう少しで嫁の美味しいご飯が出来るから、早めに要件言ってくんない?」

『おぉー、柚梪ちゃんを嫁と言うとは。もぉー、イチャイチャしちゃってぇ』


 俺と彩音の会話に、柚梪はご飯を作りながらほんのりと顔を赤らめていた。


『それで、用事なんだけどさー、お兄ちゃんと柚梪ちゃんって、明日の夜空いてる?』

「明日? まぁ、特にはないけど」


 明日は日曜日だから、仕事も休みで夜に出かけるって事もない。俺が彩音にそう答えると、彩音は『それならよかった!』と元気よく呟いた。


『いやー、実はさ! 明日の夜はお兄ちゃんと柚梪ちゃんの結婚祝いで外食に行こうって話になってさ。お兄ちゃん達が来れるならの話なんだけど』

「外食かぁ………結構久しぶりだな」


 彩音から聞いた内容は、俺と柚梪の結婚祝いとして、如月家全員で外食に行くと言う内容だった。


 よくよく考えてみると、柚梪と一緒に外で食事をするのは温泉旅館以来だ。お店に行ったのは初めてのデート以来。


 俺も結婚祝いで柚梪とどこかお出かけしようと考えていた所だし、ちょうどいい。


「柚梪、明日の夜は彩音達と外食に行こうってお誘いなんだけど………行きたい?」


 俺はキッチンで料理をする柚梪に視線を向けてそう聞いてみる。


「はい、是非とも行きたいです! 外食なんて久しぶりで楽しみです♪︎」

「柚梪も行きたがってるから行こうか。彩音、場所はどこだ?」

『場所はねー、ここだよレストランって所。お祝いで家族でよく行く場所だよー』

「あぁ、いつもの場所ね。ちょいと距離があるけど………まぁ、分かったわ」


 ここだよレストランとは、俺や彩音や光太が学校を卒業したり、誕生日とかにお祝いとして外食をしに行くお店だ。


 仕事場の都合で、実家から結構離れた場所に引っ越した為、それなりに距離があるが………早くて50分程度で着く。


『私達は18時に予約して先に行っておくからー』

「はいはい。じゃあ明日な」


 そして俺は電話を切る。


「柚梪、明日は17時くらいに外食行くからね」

「はい。久しぶりの外食………楽しみですっ♪︎」


 食卓に料理を並べ始めていた柚梪にそう言うと、柚梪はニコッと微笑む。


「手伝うよ」

「ありがとうございます♪︎」


 俺はそう言って立ち上がると、食器棚に向かって箸やコップを取り出しては、食卓に並べる。


 やがて食事の準備が終わると、いつも通り食べ物に感謝をしてから、箸を手に持つ。今日の夕食は唐揚げ。


「龍夜さん。明日の外食って、どうして急に決まったんですかね? はいっ、あ~ん」


 柚梪は箸を持って俺の唐揚げを2つに切って、あ~んをしてきながら質問を投げ掛けてくる。


「俺と柚梪の結婚祝いだそうだ。俺の家族って、何か祝い事をする時は、いつも同じお店に行ってご飯を食べるんだ………はむっ、うん。美味しい」


 俺は柚梪の質問に答えてから、柚梪が箸を使って口元まで持ってきてくれた唐揚げを、一口でパクリと口の中に入れる。


 噛めば噛むほど、サクサクとした食感を味わう事が出来、出来立ての唐揚げには肉汁がぎっしりと詰まっている。そして、口の中に広がる唐揚げとは別の味を感じ取った。


「ん? もしや、今日も隠し味を入れてる?」

「あっ、気付いちゃいました?」


 柚梪はニコニコと微笑みながら、「何が入ってると思います?」と嬉しそうに聞いてくる。


 この流れ………昨日のハンバーグと同じだ。だとすれば、答えは自然と1つしかないだろう。


「もしかして………『愛』とか?」

「えへへっ♡ 正解ですっ♪︎」

「やっぱりかー、なんか甘い味がすると思ったんだよねぇ」

「龍夜さんの方から気付いてもらえるなんて、とても嬉しいですっ♡」


 どうやらこの唐揚げ1つ1つには、柚梪の『愛』が詰まっているそうだ。お皿の上には唐揚げがあと4つと半分。


 これならもっと柚梪の愛が入った美味しい唐揚げを堪能できる。なんて幸せなのだろうか。


「柚梪に食べさせて貰うのは幸せだが、また昨日みたいにおかずだけ無くなっちまうから、今日は1回だけにしておこうか」

「えぇ~、もっと龍夜さんに食べさせてあげたいですぅ………なら、追加で3つくらい作りましょう!」

「いや、食材無くなるから勘弁してくれ」


 どうしても俺に『あ~ん』をしたい柚梪をどうにか説得し、嫁が作ってくれた手作り料理を米粒1つ残す事なく、美味しく食べる。


 白米とは、おかずと一緒に食べるからこそ、真の美味しさを発揮するのだ。そのおかずに、大好きな嫁の愛が入っているのであれば、どんな高級料理店の料理より、何十倍も美味しい。

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