第6話 赤ちゃんの名前

 翌朝の土曜日。ソファに座ってテレビを見る俺と、キッチンで料理を作るエプロンを着た柚梪。トントントン………とまな板の上で野菜を切る音が響き渡る。


『今週は比較的に晴れの地域がほとんどですが、来週では雨が降ると予測されます』


「来週はほとんど雨らしいな」

「そうなんですか? それでは外に選択物が干せませんね………」


 俺がそう呟くと、一旦手を止めた柚梪がカウンター越しにテレビを眺める。


「そう言えば龍夜さん。傘、買い換えなくて大丈夫ですか? もう買ってからだいぶ経ちますし」

「あぁ、まだ大丈夫。穴が空いたりとかはしてないからな」


 天気予報を見終わった俺は、隣に置いていたリモコンを手に取り、テレビを消した。リモコンをソファの前にあるテーブルの上に置くと、両手を膝につけながら立ち上がる。


「柚梪、何か手伝うよ」

「えっ? いいですよ、そんな………龍夜さんは楽にしていてください」


 俺は袖を捲りながら、柚梪の居るキッチンへと歩いて向かう。


「気にすんな。手伝いたいから手伝うだけ。何したらいい?」

「………それじゃあ、お椀にご飯とお味噌汁をついでくれますか?」

「りょーかい」


 柚梪はなんだか申し訳なさそうな雰囲気を出す中、俺は言われた通り食器棚からお椀を4つ取り出し、お椀の中に炊飯器からしゃもじを使ってご飯をついだり、お玉でお味噌汁をつぐ。


 その後、柚梪は切り終わった野菜を2枚のお皿に盛り付けサラダを作り、冷蔵庫から卵を2つとウィンナーが入った袋を取り出し、電気性のコンロに油をかけたフライパンを使って調理し始める。


 目玉焼きと火が通ったウィンナーをサラダと一緒に盛り付け、2人で食卓に料理を運んで並べる。


「龍夜さん、ありがとうございます」

「別に、礼を言われるほどじゃないけどね」


 手伝ってくれたお礼に感謝を口にすると、柚梪は可愛い微笑みを見せる。


 今日の朝食は、いたってシンプル。白米にお味噌汁、サラダに目玉焼きとウィンナーと言う極々普通の朝食である。


 エプロンを外して椅子の背もたれに被せた柚梪と俺は、お互いに向かい合いながら食卓へと着き、手を合わせ、食べ物に「いただきます」と感謝を伝える。


 それからは、いつもと変わらず朝食を柚梪と楽しんだ。自分の嫁が作ってくれた料理は何もかもが最高に美味しい。


「あの、龍夜さん。1つご相談がありまして」

「ん? 相談?」


 食事中、柚梪が俺に何か相談があると言う。


「はい。えっと………赤ちゃんの名前に関してなんですけど」

「え? 名前………?」


 全く予測もしてなかった話に少し驚いたが、それ以前に俺の頭には疑問が浮かんでいた。


「まあ、名前を考えるのはいいんだけどさ………さすがに早すぎない? まだ妊娠もしてないのに………」


 確かに昨晩、寝室で柚梪と営みをしたにはしたが………赤ちゃんとは、そんなすぐに妊娠はしない。むしろ、妊娠するか分からないと言うのに。


「そ、そうですけど………私はもう決めてるんですっ。絶対に付けたい名前があるんですよ………!」

「………まぁ、一応聞いておこうか?」


 柚梪は少しだけ眉を寄せてムッとした顔になり、必死に俺へもの申してくる為、仕方なく聞いてみる事に。


「はい、名前は………雪ちゃんです!」


 柚梪は嬉しそうにそう答える。よく使われそうな名前ではあるが、良い名前だと思う。思うけど………俺の頭にはまた1つ疑問が浮かんだ。


「ちゃん………って。女の子限定か………」

「はいっ♪︎ 龍夜さんとの赤ちゃんが産まれる日が来たら、絶対にこの名前を付けようと思ってたんです♪︎」

「いや………産まれてくる赤ちゃんが女の子とは限らないんだぞ?」


 柚梪はルンルンな気分で語るが、女の子が産まれなかったらその名前は使えないのだ。男の子にその名前を付けたら、『雪君』になる………うん、似合わないな。


「いいえ、私の体が言ってるんですっ! 産まれてくる赤ちゃんは女の子だ。女の子を作るんだって」

「えぇ………」


 訳の分からない事を言っているが、柚梪的にはとても女の子を欲しがっているようだ。俺も、どちらかと言えば女の子が欲しいとは思うが、男の子でも全然構わない。


「そもそも………なんで『雪』なんだ?」


 俺は柚梪がなぜその名前を付けようと決めたのか、由来を聞いてみようとする。しかし、それを聞いた柚梪は少し残念そうな顔をする。


「やっぱり………覚えてないんですね」

「………?」


 柚梪がポツリとそう呟き、俺は首を傾げた。


「覚えてないって………?」

「龍夜さんが初めて私に、『柚梪』と言う名前を付けてくれた日の事です」

「初めて柚梪に名前を付けた日………?」


 すると、俺の脳内にはある光景が思い浮かんだ。


『よし! そうと決まれば、名前を考えなくては』


『そうだな……ゆきは?』

『……』

『じゃあ、神奈芽かなめとか?』

『……』

『うーん……ならば、柚梪ゆずはどう?』

『……!』


「………っ!」


 俺が思い出したのは、柚梪を家に連れて来てからまだ間もない頃、柚梪と言う名前を付ける為に、新しく名前を考えていた俺の姿だ。


 あの時、俺が最初に思いついた名前………それが『雪』だった。


「雪って………あの時俺が柚梪の為に考えた………」

「思い出してくれましたか? そうですよ。龍夜さんが私の為に考えてくれた名前です♪︎」


 もう4~5年ほど前の事だ。俺はすっかりと忘れていたのだ………。


「だから、私は2人の女の子が欲しいなって思ってるんですっ」

「なるほどね………てか、よく覚えてたな」

「当然じゃないですか! 『柚梪』って名前は私の中で命より大切な宝物ですし、『雪』や『神奈芽』も忘れられない宝物なんです!」


 まさかあの時に考えた名前が、今となって使われる日が来るとは………悩んで考えた甲斐があった。


「そう言って貰えて嬉しいよ。けど、もし産まれてくる赤ちゃんが………女の子だったらの話だけどな」


 俺が柚梪に向かってそう言い放つと、柚梪は再びムッとした顔になる。


「女の子ですっ。これは間違いありません! 龍夜さんの愛を貰った私の体と心が言ってるんですからっ」

「………っ、だといいな」


 必死になってそう述べる柚梪を見た俺は、クスッと無意識に微笑んでいた。

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