第40話 抱っこは嫌

 ピンポ~ンと家のインターホンがなり響き、洗濯物を干していた柚梪が手を止める。


「は~い」


 今日は少々天気が悪い為、室内で干してある。リビングから玄関へと向かう母親の柚梪を、床に座って見送る雪。


 そして柚梪が庭に出る用のサンダルを履いて玄関の鍵を開ける。取っ手を握ってがチャリと扉を開いたその先には、手提げバックと傘を持った彩音が居た。


「やっほー、柚梪ちゃん♪︎ いつぶりかな?」

「いつでしょう? もうだいぶ会っていませんから分からないですね」


 クスッと笑う柚梪に、ニコッと微笑む彩音。


 相変わらずの紫に染めた髪に、赤いカラーコンタクト。しかし、ツインテールがお気に入りだった彩音だが、今ではポニーテール。


 妹ぽく可愛いらしい彩音だったが、現在ではなんとも凛々しい姿に大変身しているのだ。


「兄さんは仕事?」

「はい、平日ですからね。18時頃には帰ってくると思いますよ」

「そっか。結構時間あるから、雪ちゃんと戯れちゃお♪︎ おっ邪魔しま~す!」


 ウキウキと楽しそうに家の中へ入る彩音。凛々しい姿になったとしても、中身自体は可愛い彩音のままのようだ。


 彩音が靴を脱いで家に上がり、リビングへと直行すると紙にお絵かきをしている雪とご対面。


「わぁ~! 雪ちゃ~ん♪︎」

「?」


 名前を呼ばれた雪はお絵かきの手を止め、彩音の方に視線を向けた。


 雪の前にしゃがみこむ彩音は、「何書いてるのー?」と聞きながら雪の書いた絵を見る。それは、黄色のクレヨンでただひたすらグルグルと書いただけだった。


 例えるならば………ぐちゃぐちゃのスパゲッティだろうか。


「あはは………上手に書けてるね♪︎」


 彩音は一瞬苦笑いするも、雪の書いた絵を褒めてあげた。雪は両手を羽のようにパタパタと振って、嬉しい気持ちだと言う事を表現する。


「あははっ♪︎ 可愛い~♡」


 嬉しさを表現する雪に見とれる彩音だった。


 遅れて廊下からリビングに戻ってきた柚梪は、その微笑ましい光景にクスッと笑いながら、残りの洗濯物を干し始める。


「彩音ちゃん、本当に変わりましたよね。クリッとしてた目も、ちょっと鋭いと言うかかっこよくなったと言うか」

「あぁ~、それ仕事仲間からにも言われたしお母さん達からも言われたなぁ~。そんなに変わってる?」

「はい。だいぶ変わってると思います」


 彩音は自覚していないようだが、実際はるかに変わっているのは確かだ。


 柚梪と彩音が会話をしていると、雪は彩音に興味を持ち始めたのか、彩音にヨチヨチと近寄る。


「どうしたの雪ちゃん? 彩音お姉ちゃんが好きなの~?」


 雪の方から近づいて来てくれた事が嬉しかった彩音は、バックを置いて雪の両脇に手を入れぐいっと持ち上げた。


「わぁ♪︎ 雪ちゃんを抱っこするの初めて~。可愛いね~」


 雪を抱っこした彩音はすごくご機嫌だったが、抱っこされている雪の目からは、徐々に涙が出てきそうになっていたのだ。


「うっ………うぅ~………」

「ふぇ!?」


 雪が泣きそうな事に気がついた彩音は驚きの表情を浮かべる。そして彩音は、とっさに雪を床へ下ろす。


「ご、ごめんね? 抱っこは嫌だった?」


 床に下ろしてもらった雪は、涙目になりながら洗濯物を干す柚梪の方へと向かった。


「もう、雪ったら。大丈夫よ~、彩音ちゃんはとても良い人だから」

「うぅ~………」


 柚梪は洗濯物の手を止めて近くまで来た雪を抱っこする。柚梪に抱っこされたとたん、雪は徐々に泣き止んでいくのだ。


「ごめんなさいね、彩音ちゃん。雪………他人に構って貰うのは好きみたいなんだけど………抱っこされると不安になるのか、私か龍夜さん以外の人に抱っこされると泣いてしまって………」


 寂しい時は必ず俺か柚梪に抱っこしてもらって育った雪は、父親と母親以外の人に抱っこされるとどうしても不安になって泣き出してしまうのだ。


 これは俺の父さんや母さんも同じ。会うたびに構ってくれる父さんと母さんでも、抱っこだけはどうしても嫌なようなのだ。


「お父さんとお母さんの腕の中が一番落ち着くよね。ごめんね、急に抱っこしちゃって」


 彩音は柚梪に抱っこされている雪に向かって軽く笑顔を作りながら謝罪をする。


 雪は彩音を見つめながら、柚梪の服をギュッと握りしめている。抱っこした状態の雪が服を握ってくるのは、まだ離れたくないと言う表現である。


「まだ離れたくないみたい………」

「うぅ~………雪ちゃんに嫌われちゃったのかも。私ってばバカァ~」


 ショボンとした彩音は、ソファの上に座って少し落ち込む。


「彩音ちゃん、元気出してください。雪は抱っこされるのが嫌なだけで、一緒に遊んだりするのは好きですから」

「………うん」


 柚梪が彩音を慰めるも、よほど彩音は抱っこして泣かせちゃった事を気にしている様子だ。


「雪、彩音ちゃんに飲み物出さないとだから、一旦下ろすよ?」


 そう言って柚梪は、雪を床に下ろした。雪は落ち込む彩音をじっと見つめ、見られている事に気がついた彩音は、「おいで」と優しく声をかけてみる。


 すると、雪はヨチヨチとちょっとずつ近寄って彩音の足元で再び座る。その様子を見た彩音は………


「うんっ、可愛い!」


 一瞬で元気を取り戻していた。

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