第41話 構って欲しい………

 夕方の4時頃。リビングでは、トントントンとまな板の上で野菜を切る柚梪と、ソファに座ってテレビ番組を見る彩音に別れていた。


 柚梪は夕食の準備、彩音は俺が仕事から帰ってくるのを待っている。


 一方で、誰も相手をしてくれない雪は柚梪の足元で座りながら、じっと柚梪の顔を眺める。しかし、柚梪の視線からでは雪の姿が見えておらず、いつまで待っても手を止めてくれない柚梪に、雪はしびれを切らす。


 軽く柚梪の長いスカートを掴み、グイッグイッと引っ張り始める。スカートを引っ張られる感覚に、柚梪はふと足元に視線を向けた。


「雪、そんな所に居たの? 全然気がつかなかったよ」


 柚梪は包丁を一旦まな板の上に置いて、軽く手を洗うと身につけていたエプロンの裏面で濡れた手を拭きながら、ゆっくりとしゃがむ。


「ごめんね。お母さんはご飯の支度してるから、また後で遊ぼうね?」


 柚梪は雪を抱っこすると、積み木で遊んでいた場所へ歩いて向かい、雪を降ろした。


 結局構って貰えずに降ろされた雪は、キッチンへと戻って行く柚梪の姿を眺める。お母さんは構ってくれないと判断したのか、雪はソファに座ってテレビを見る彩音へと視線を向けた。


 今度は彩音の足元を目指して、ヨチヨチと進み出す。そして、彩音のズボンの裾を握って軽く引っ張り始める。


「ん? あらー………どしたの雪ちゃん? 彩音ちゃんに何か用事かなぁ?」


 雪の存在に気がついた彩音は、子供っぽい喋り方で雪に話かける。


 もちろん、言葉の意味を知らない雪はおしゃぶりをモグモグさせながら、彩音を見ては柚梪を見てを何度か繰り返す。


「あー、お母さん今ご飯作ってる最中だからねぇ~。構ってくれる人が居ないんだねぇ~」


 彩音は雪が構って欲しいのだと見抜き、雪の両脇に手を伸ばす。しかし、その手は雪の両脇に届く前にピタリと止まるのであった。


「そうだ、雪ちゃんは柚梪ちゃんとお兄ちゃん以外の人から抱っこされるの嫌いだったんだ………」


 そう、雪は柚梪と俺以外の人に抱っこされると不安になるのか………どうも泣き出してしまうのだ。実際彩音も、知らずに抱っこして泣かせてしまっている。


 でも、このままずっと床に座らせて何1つしないって言うのも可哀想だ。彩音は何か方法はないかと思考を巡らせる。


「うーん………あっ、そうだ! 抱っこがダメなら膝の上に座らせるのはどうかな?」


 彩音はひらめくと同時に、雪が泣き出さぬよう最小限の時間で雪を抱っこした。そして、すぐに自分の膝の上に座らせて、両脇から手を離した。


 そして、離した手で雪の頭をなでなでする。雪は嫌がったりする事はなく、辺りをキョロキョロと見渡す。


「やっぱり抱っこだけは嫌なんだねぇ………。よしよし。彩音お姉さんの足は座り心地がいいでしょ~?」


 彩音は雪の頭を撫で続ける。そして、頭を撫でられている雪は、次第に瞼が重たくなってきていた。


 雪は彩音の膝の上でゴロンと寝転がる。突然寝転がった雪に彩音は少しビックリするが、瞼が閉じてきている雪を見た彩音は、そのまま頭を撫で続けた。


 やがて、うとうとしていた雪は彩音の膝の上で眠りについた。


「やーん♡ 私の膝で雪ちゃんが寝てるぅ♡ 可愛いー♡」


 天使のような可愛いらしい寝顔をしてスヤスヤと寝る雪に、彩音はメロメロ。テレビ番組などどうでもいいほど、雪の寝顔に釘付け。


「………ただいまっと」


 玄関から扉が開く音がしたと同時に、俺は帰宅した事を伝える。


「………! 龍夜さん。お帰りなさい♪」


 すぐに反応した柚梪は、手を止めて俺のお出迎えに来てくれる。


「ん? まだ16時なのにもう夕食の支度してるのか?」

「今日はお鍋にしようと思いまして、お野菜やお肉を切ってすぐに作れるよう準備していたんですよ」


 いつもなら17時から夕食の支度をするのだが、いつもより1時間早いわりにエプロンをつけている柚梪に、俺は疑問を抱いていた。


 だが、柚梪の説明を聞いて一瞬で納得。抱いていた疑問はすぐにどっかへ飛んでった。


「ふぅ、疲れたぁ」

「お帰り♪ おにーちゃん♪」

「彩音?」


 リビングに入った俺を待っていたのは、雪の頭を撫でながらソファに座る彩音だった。


 ツインテールがポニーテールになっていて、スカートばかり履いていたのにズボンを着用している事に、一瞬誰だ分からなかった。


 それより俺が気になったのは、彩音の膝で雪が寝ている事だった。


「雪、お前の膝で寝てるのか」

「うん♪ 誰も構ってくれなくて寂しかったんだろうねぇ。相変わらず抱っこは無理みたいだけど、こうして膝に乗せたりするのは大丈夫みたいで、ちょっと安心した」


 確かに、抱っこも膝の上もダメとなると………彩音は雪から信頼をされていないと言われているのと同じようなもの。


 俺はほんのりと微笑み、彩音の隣へ腰を降ろす。そして、可愛い雪の寝顔を見る。


「すげぇ嬉しそうに寝てるやん」

「でしょ♪ 私の膝は高級マクラじゃ比にならないくらい高級なの♪」

「はいはい」


 彩音の悪ふざけを軽く流し、雪の顔を眺め続ける。自分の娘とはなんとも可愛い事だろうか。


「えへへ♪ こうしていると、なんだか私達夫婦みたいだね♪」

「………!?」


 さりげなく呟いた彩音の言葉に、柚梪が即時に反応する。


「彩音ちゃん! 龍夜さんは私の旦那さんですよっ! ちゃんと結婚指輪もつけているんですからね!」

「もー、冗談だってぇ♪」


 プクッと頬を膨らませる柚梪に、彩音は楽しそうな顔で答える。雪の頭を撫でて、寝顔を眺める彩音………。


「私も………こんな可愛い子供を、産んでみたいなぁ」


 彩音はすぐ隣に居る俺にすら聞こえないほど小さな声で、ボソッと呟いたのだった。

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