第39話 寝る前のキス
「彩音ちゃんが来るんですか?」
「あぁ。久しぶりに雪の顔を見たいんだとさ」
平日の夜。柚梪とソファに座って2人の時間を過ごしている最中だ。隣に肩を寄せる柚梪は、ホットミルクの入った白いマグカップを両手で軽く握り、俺の話を聞いていた。
彩音は、雪が産まれた3日後くらいに一度赤ちゃんを見るため海外から帰ってきた。それからさらに1ヵ月おきに3日ほど日本に戻って来るように。
しかし、彩音も仕事が忙しくなったのか知らないが、ここ1~2年ほど日本に帰って来る事がなくなったのだ。
そもそも、こっちに帰ってくるにはそれなりの費用が必要になる。なのに、1ヵ月ごとに帰ってくるとなればどれだけのお金を使った事やら………。
そうして柚梪とまったりとした時間を過ごしていると、俺の右足首の裾を何かが引っ張る。
「ん? なんだ雪か。どうしだ? 抱っこか?」
モゾモゾとする右足首を覗くと、そこには裾をギュッと握る雪の姿があった。
ピンク色のハートの形をした可愛いらしいおしゃぶりを咥え、俺と目が合うなり両手を大きく天井へと伸ばして、抱っこの姿勢を見せる。
「よしよし、可愛い奴め~」
俺は雪の両脇に手を入れ、一気に持ち上げる。左手で雪を支えながら膝の上に座らせた雪は、父親である俺と母親である柚梪をキョロキョロと眺める。
「雪~♪︎」
マグカップを膝の上に乗せ、左手でマグカップを支える。空いた右手の人差し指を雪に向かって近づける柚梪。
手の届く所まで近づいてきた柚梪の人差し指を、雪は小さな可愛いお手てで優しくギュッと握る。
雪は柚梪の人差し指を握りながら俺の肩に頭を寄せ、体全身の体重を押し付けてくる。
「ちょっと早いけど、そろそろ寝るか。雪は眠たそうだし」
「そうですね」
雪が体を押し寄せてくるのは、眠たいと言う表現である。親の側が一番安心するのか知らないが、どうも雪は俺か柚梪の側じゃないと寝つけないようなのだ。
俺は雪を抱っこしたまま、洗面台のある脱衣室へと向かい、柚梪もマグカップを水道水で軽く洗ってから、脱衣室へ向かう。
歯ブラシに歯磨き粉を柚梪につけてもらって、利き手である右手で歯を隅々まで磨いている中、俺の腕に抱かれて安心しきっているかのように、スヤスヤと眠る雪。
雪は事前に柚梪が歯を磨いている。いつ寝ても大丈夫なように。
「龍夜さん、腕………辛くないです?」
「んー? 大丈夫。仕事で時々重たい物を運んだりするから、それなりに鍛えられてるし。何せ、雪は軽いからな」
だが、非常に動きずらいのと歯磨きしずらい事は本当だがな。
雪を抱っこした状態だと、思うように腕や体を動かせない。しかも、雪が寝ているからなおさらだ。歯磨き出来ない事はないが時間がかかってしまった。
リビング、廊下と電気を切って2階へと上がり寝室に入る。
階段の電気も切って、家中の電気が全て消えた。柚梪がスマホでライトをつけてベットを照らし、ライトの明かりを頼りに俺と柚梪は布団に入る。
雪を起こさないよう、慎重にベットの中心に寝かせ雪を挟むようにして俺と柚梪が寝転がる。娘を真ん中にした家族3人による、川の字状態になって寝る。
「明かり、消しますね」
「あぁ」
柚梪がそう言って俺が頷くと、柚梪はスマホのライトを消す。カーテン越しから差し込む月の明かりがほのかに寝室を照らし、目も徐々に暗闇に慣れ始める。
雪を挟んだ反対側から、柚梪が俺を眺めてくる。俺と目が合った瞬間、柚梪は「ふふっ」とほんのり微笑んだ。
「なんだよ。やけにご機嫌じゃないか」
「別にそんなんじゃないですよ。ただ、龍夜さんと目が合ったとたん、なんか笑いが出ちゃったんです」
「………謎」
小声で少し会話を楽しむ俺と柚梪。ちょくちょく笑う柚梪の顔が可愛いくて、明日も頑張れるエネルギーなる。
暗く静かな部屋、暖かい布団に包まれだんだんと瞼がお互いに重たくなっていくのを感じる。
「龍夜さん。寝る前に………1つ、いいですか?」
「ん?」
柚梪が俺の目を見つめながら、そう言葉を放つ。
柚梪は少しだけ体を起こし、布団をめくり俺の方に体を寄せてくる。視線を反らして何かを伝えようとしているようだった。
その様子を見た俺は、柚梪が何を望んでいるのかすぐに分かった。
「はいはい。分かったよ」
俺も体を少しだけ起こし、右手で体を支えながら左手を柚梪の後頭部へと通す。
柚梪はゆっくりと目を閉じる。俺は柚梪の唇目掛けて、顔を近づけチュッとお互いの唇が重なり合う。
一度キスを終え、お互いに唇を離す。すると今度は、柚梪の方からキスのお返しが飛んできた。今日はなんとも豪華な「寝る前のキス」だろうか。
「自分からキスを求めてくる柚梪、やっぱ可愛いわ」
「うぅ、そう言われると恥ずかしいのですっ」
柚梪は照れたのか、サッと布団に籠る。
「全く、す~ぐ照れちゃうんだから。俺の嫁さんは」
「うるさいですぅ」
「でも、そういう柚梪が何よりも大好きだぞ」
「………私も、龍夜さんが好き」
俺はクスッと笑うと、体を寝かせて布団に入る。柚梪に「おやすみ」と囁くと、柚梪もまた「おやすみなさい………」と呟く。
こうして今日もお互いに愛を確認し合った後、深い眠りへと入るのだった。
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