第38話 からかい

「雪、あ~んっ」


 お昼ご飯の時間になった今、柚梪は子供用の小さな椅子に雪を座らせ、先に作ったホカホカのご飯を食べさせていた。


 細かく切った野菜に、水を吸収させて柔らかくなったお米。多少なりの味付けが施された柚梪特製のおかゆ的な料理だ。


 その料理の名前は正式に決まっていないらしい。なので、俺は『柚梪のおかゆ』と呼ばせてもらっている。


「ゆ~き、口をあけて?」

「………!」


 柚梪とは別に、俺達用の食事作りをしている俺の後ろ姿をじっと眺めている雪に対し、柚梪のおかゆが乗ったスプーンを持って雪に声をかける柚梪。


 雪がご飯の存在に気がつくと、可愛いらしい小さな口を出来るだけあけて、スプーンが口の中に入ると、パクッと口を閉じる。


 雪の口が閉じた状態で、柚梪はスプーンを流れるように抜き取る。ゆっくりと口に入った柚梪のおかりを噛み砕く。


「………♪︎」

「美味しい? 嬉しいね~♪︎」


 雪は美味しい食べ物を口に含む事で満足しいるのか、柚梪の顔を眺めながら両手を軽く上下に振る。それはまるで、小鳥が空を飛ぼうと必死に羽をバタつかさるかのようだ。


 行動で自分の気持ちを一生懸命表現するその姿が可愛い過ぎて、見ていてついつい微笑みが出てしまう。


 口の中が空っぽになると、再び口を開いて柚梪におかわりの表現を見せる。柚梪がお皿に入っている柚梪のおかゆを少しすくって、雪の口に入れる。


 俺は自分や柚梪の食べる料理を作り、柚梪は雪の食べるご飯を先に作って食べさせる。これが今の役割分担。


 夜仕事で少し遅くなる時や、料理がすでに出来ている状態を除く。


「柚梪。一応出来たけど………」

「まだ雪も食べ足りないみたいですから、あなたは先に食べちゃっててください♪︎」

「なっ、なんだよ………急に呼び方変えるなって」

「いいじゃないですか。もう夫婦になってそれなりに経ちますし、一度旦那さんの事を『あなた』と呼んでみたかったんですもん」

「別に今じゃなくてもいいと思うんだがなぁ」


 クスッと笑う柚梪。その僅かな微笑みでも、俺にとっては命の次くらいに大切な宝物だ。こうして愛する嫁が微笑んでくれれば、自然と俺の心も満たされているのだ。


 俺と柚梪でやり取りをしている間に、雪は口に含んだご飯を食べ終わっており、『早くおかわり頂戴』と言わんばかりに、小さく口を開いたまま柚梪を見つめていた。


「柚梪、雪が待ってるよ?」

「え? あっ………ごめんね雪。はいっ、あ~ん」


 柚梪が再び柚梪のおかゆをスプーンですくい、雪の口へ持っていく。口の中に食べ物を含んだ雪は、またもや嬉しそうに両手を上下にパタパタさせながら、モグモグと口を動かしている。


 やがてお皿の中が空っぽになると、柚梪は一旦テーブルに雪用のお皿を置き、子供用の椅子から雪を抱っこして下ろす。


 お腹いっぱいになって満足した雪におしゃぶりを咥えさせ、雪は積み木の置かれている場所へ、ヨチヨチと向かっていく。


 その様子を見届けた柚梪は、食事を取るため俺の隣にある椅子に座ってくる。


「あれ? 龍夜さん………まだ食べてなかったんですか?」


 先に食べていたと思っていた柚梪だが、俺の前に並べられた食事には、何1つ手をつけていない事に少し驚いているようだ。


「当たり前だろ。俺は、柚梪と一緒に食べたいんだ。多少冷めたって柚梪と一緒に食事出来るなら、これくらい待つのは当然」

「………っ、そう………ですか」


 柚梪はポッと顔をほんのりと赤らめ、視線を少し下へ向けて照れている様子だ。


「ほら、可愛いく照れてないでさっさと食べるぞ?」

「なっ!? 別に………照れてませんからっ」

「ふーん」

「な、なんですか………?」


 顔が赤くなっていると言うのに、照れてないと言い張るのか。結婚する前はとても素直だったのに、意地を張るようになってしまったか。


 だが、だからこそ………からかう事でさらに可愛い柚を見る事が出来るのだ。


「柚梪って美人だなぁって」

「………! ど、どうせまたからかってるんですよね? その手には乗りませんよ」

「好きだよ」

「………ど、どうも」


 赤かった顔がさらに赤くなっている。柚梪はいつからか、『好き』や『愛してる』などの愛を表現する言葉を言われると、照れを隠し切れないようになった。


「もうっ、早く食べますよ! まだ少し温かい内にっ!」

「なら、続きは夜のお楽しみにしとこうか」

「よっ………夜?」


 柚梪の頭の中には、ある光景が浮かんでくる。夜に夫と妻のする事………すなわちイベントとは、2人でベットに入って、イチャコラと愛を育む事。


 今の柚梪の頭には、甘い声をあげる自分の姿が思い浮かぶ。恥ずかしくなりながらも、柚梪の心の中にはほんの期待も生まれていた。


 しかし、それは柚梪の『妄想』でしかない。


「柚梪、手に力が入っているみたいだが? もしかして、な~んかイヤらしい事を考えてるの?」

「………!? いえ………! 私は決してそのような事とか、考えてないですしっ」


 ビクッと体を震わせた柚梪は、必死に弁解しようとしてくる。そこに俺は、とある質問を投げ掛ける。


「でも、本当は?」


 それを聞いた柚梪は、焦っているせいで考えている時間なく、ありのままを話出す。


「いや………ですから、大好きな龍夜さんと夜2人きりでベットに入って………こ、子作り的な愛の深め合いを期待しちゃってたり………とかじゃないですし」

「へぇ~? なるほど?」

「………はっ!?」


 ふと我に戻った柚梪は、思っている事を全て暴露した事を知り、みるみる顔がりんごのように赤くなっていく。


「あっ………あぁ………」


 そして、恥ずかしさの限界に達した柚梪は、ムッとした怒り顔となる………。


「龍夜さんの………バカァ!!!」

「ごめんごめん。ちょっとからかい過ぎたよ」


 こりゃしばらく………気を沈める為に頭撫で1時間コースの突入になるかもしれないな。

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