第29話 まだ抜けない恋人感覚

 帰り際にコンビニへ寄って、軽くお昼ご飯を食べて無事に家へ帰宅した俺と柚梪。買ってきた食材を冷蔵庫に入れたり、赤ちゃん用の道具を邪魔にならない場所に置く。


 時刻はお昼の14時を少し過ぎた頃。家を出る前に家事を分担して終わらせておいた為、今日1日柚梪はゆっくりとする事が出来る。もちろん俺もな。


 荷物の片付けが終わって、しっかりと手を洗い流した俺は、ソファの上にどっさりと腰を下ろす。


「あぁ、疲れたわぁ………柚梪を隣に乗せると、やっぱりいつもの3倍は神経使うわ」


 俺は右手で両目を覆い隠し、疲れた目を少しでも休めようとする。


 そこに、後からリビングに入って来た柚梪は、なんの迷いも躊躇もなく俺の隣に体をくっつけて座ってくる。


「お疲れ様でした。龍夜さん………ふわぁ~、眠たくなって来ちゃいました………」


 俺に体を寄せて頭を肩の上に乗せている柚梪は、手であくびを隠し、徐々に瞼が重くなってきていた。


「寝るなら、膝枕してやろうか?」

「いいんですかぁ? じゃあ、お願いします~」


 柚梪は俺の手を借りるよりも先に、自分から頭を肩から膝の上に置きにいき、体全体を寝転がせる。


 膝から柚梪の頭による重みを感じる俺は、仰向けで目を閉じて眠りに入ろうとする柚梪の頭を撫でる。サラサラとしたねずみ色の髪を撫で下ろすたびに、柚梪は心地良さそうに笑みを浮かべる。


「柚梪は可愛いねぇ~」

「…………」


 俺は少しだけからかうつもりでそう柚梪に言ってみるが、柚梪は何1つ返事を返す事はなかった。


 よく見れば、頭を撫でる事で嬉しそうにしていた柚梪の笑みは、ぐっすりと眠る寝顔へ変わっていたのだ。


 それなりに車による長いお出かけだったし、妊娠が分かった事で安心しているのだろう。また、妊娠中の女性は極端に眠たくなる事が多いそうだ。もしかしたら、その影響なのかもしれない。


「柚梪。俺とお前はもう結婚をした夫婦なんだぞ。なのに、なんでまだ恋人みたいな関係が続いているんだろうな」


 頭を撫でながら、無防備に寝顔をさらしその身を預ける柚梪。


 結婚をして恋人から夫婦へと進化した俺達で、しかも柚梪には妊娠が判明している。今はまだ、俺と柚梪しかこの場にいないけれど、物心がついた俺達の子供が居る状態でも、こんなに甘えてくるようだと………ちょっと心配な所もある。


 柚梪には、母親となって赤ちゃんを世話しなければならない義務があると言う事実を分かってもらわないと困る。


 いつまでも、こうして甘える事は出来ないと言う事を教えなければならない。けど………甘えてくる柚梪が可愛いくて、なかなか言い出せない俺も俺なんだけどな。


「でもそうだな。妊娠が分かった事だし、色々教えておかないと………」


 でも、今はまだ………この甘えん坊な柚梪を堪能したいんだよな。


「そうだっ、良いこと思いついた」


 俺はテーブルに置いておいたスマホを取って電源を入れて、カメラアプリを開く。そして、可愛い柚梪の寝顔をパシャリと1枚写真を撮る。


 撮った柚梪の寝顔写真を、柚梪のメールアプリに送信してやった。『こんな可愛い寝顔をする女性が、俺のお嫁さんなんて最高だ』と言うメッセージと共に。


「この可愛い寝顔。こりゃ家宝決定だわ」


 俺はスマホをスリープ状態にして再びテーブルの上に置くと、大きなあくびが出ると同時に、睡魔が俺を襲う。


 どうやら、神経を使いすぎて活動の限界が訪れてしまったようだ。


「俺も、仮眠を取るかなぁ~………」


 俺はぐっすりと眠る柚梪の肩と太ももに手を伸ばし、お姫様抱っこで柚梪の体を軽く持ち上げると、柚梪の頭がソファの肘かけの上に乗るように調整する。

 

 そして、俺も肘かけを枕に頭を置いてソファに寝転がり、ソファから柚梪が落ちないよう、柚梪の背中から通した右手で肩を支え、軽く抱き締めた状態で眠りに入る。


「柚梪って………良い香りがするんだな。花の香水か知らないけど、人肌って………落ち着くな」


 俺は柚梪の温もりと花のような香りに包まれながら、眠りに身を沈めた………。


☆☆☆


 それから数時間後、先に目を覚ましたのは柚梪の方だった。


 ゆっくりと瞼を開け、ぼんやりとした視界が元に戻った瞬間、目の前には突如として俺の寝顔が現れる。


「………!! 龍夜さん………?」


 愛する人の顔が、眠りから覚めた瞬間現れた事により、柚梪は驚くと同時に顔をほのかに赤らめる。


 仰向けになって寝ていたはずなのだが、どうやら眠っている最中に、俺の方へ寝返りをしていたようだ。


「…………」


 顔を赤らめたまま、ボーッと俺の顔を眺める柚梪。それはまるで、疲れた心を癒しているかのように。


「あっ! 今、何時?」


 ふと癒されモードから現実モードに戻って来た柚梪は、体をゆっくりと起こしてスカートのポケットに入れたままだったスマホを取り出し、電源を入れる。


 電源がついたスマホの画面には、17時49分と表示されていた。


「うわっ!? もうこんな時間っ………夜ご飯作らなきゃ………あれ? 龍夜さんから、何かメールが来てる?」


 通知欄に『龍夜さん♡から、1件のメールが届いています』と言う通知が来ている事に気がついた柚梪は、早速メールを開いてみる事に。


 メールのアプリが自動で開くと、俺が寝る前に撮った柚梪の寝顔と、メッセージが表示された。それを見た柚梪は、みるみる顔を赤くしていく………。


「………っ、もうっ! 龍夜さんのバカぁ、イジワルぅ!!」


 とっさにスマホの画面を閉じた柚梪は、ムッと頬を膨らませながらぐっすりと眠る俺を見下ろした。

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