第28話 籠の中山盛り食材

 ある程度の道具を買い揃えたら、次は食品エリアに向かってついでに食材を揃えておくとしよう。


 ショッピングセンターの食品エリアよりかは、いつも買い出しに使っているスーパーの方が、若干値段は安めなのだが、せっかく来たのだからここで済ませてしまおう。


 カートに籠を乗せて店内を押し歩く俺と、俺の左腕に軽くしがみついて一緒に歩く柚梪。


「食材って言っても、買う物をしっかりと選ばないとな。栄養が取れる野菜に、鉄分を取る為のお肉………あとは、魚とか果物っと………」


 俺は柚梪とお腹の中にいる子供の事を考えながら、食材を選び回る。


 野菜は、お腹の中にいる子供に送る為の栄養を確保する。お肉は、柚梪が鉄分不足にならないよう対策する。魚はカルシウムで、果物はビタミンを。


 産婦人科の医師の話によると、母体となる女性は普段の倍ほど栄養等を消費するらしい。


 母体である女性自身の栄養、お腹の中にいる子供に送る栄養で分けられる。その為、人によってはいつもより倍以上食事を取る人も居るそうだ。


 もしかしたら、柚梪も食事を多く取り出す可能性があるから、ちょっと余分に食材を買っておいた方が良いのかもしれん。


 逆に柚梪があまり食べなくても、多めに買っていればその分持つし。


 野菜・お肉・魚・果物と各コーナーを歩き回って、良さそうな食材を見つけては籠に入れてを繰り返す。


「あっ、あの………龍夜さん? ちょっと食材が多くないですか?」


 次々に籠の中へ食材をぶちこむ俺に、柚梪は目を見開き汗を1滴流す。


 そんな柚梪からの問いかけに、俺は改めて籠に視線を向けると、籠はすでに溢れそうなほど食材まみれになっていた事に気がついた。


「うおっ!? マジやん………気がつかなかった………」

「こ、こんなに籠いっぱいに入れておいて………気がつかないって………ある意味すごいですね」


 俺も見てビックリ。まるで食材のピラミッドのように積み重なってるではないか。よくもまあ、ここまで気がつかなかったものだ。


 いや、逆にピラミッドのように積み重なっていてなお、食材を籠に入れていて気がつかないのは、もはや異常と言うべきか………。


「こりゃ参った………確かに、こんなに買った所で持って帰れねぇからな」


 ショッピングバックも持って来てないし、レジ袋を買って俺と柚梪で分けたとしても………ギリギリ持って帰れるかどうか。


 そして、周りにいる他のお客さんからの視線も気になってきた………。


「お母さん! あの人、砂漠にあるピラミッドみたいに食べ物買ってるよー!!」

「………っ!?」

「しっ!! 余計な事を言わないのっ!!」


 次の瞬間、小学生くらいの男の子が山盛りになった籠に人差し指を向けて、母親らしき女性に声を出して言った。


 それを聞いた俺と柚梪は、体をビクッと震わせて徐々に顔を赤らめる。


 そして、男の子の口を手で塞いだ女性は、申し訳なさそうに男の子を連れてその場をゆっくりと離れて言った。


「………ごめん。柚梪」

「い、いえ………それよりも、早く食材を少なくしましょうよ………」

「そ、そうだな」


 俺と柚梪は、まるで逃げるかのようにその場を離れて行く………。


 そして、辿って来た各コーナーに戻り余分な食材を正規の位置へ戻し、籠の中に入っていた食材を適度な量へ調整した。


 ピラミッドのように積み重なった食材の山が、ちょうど籠1つ分埋まるくらいまで量を減らし、俺と柚梪はとりあえず一息ついた。


「教えてくれてありがとうな………柚梪と赤ちゃんの事を考えて行動してたら、逆に恥ずかしい思いをさせてしまった………本当にすまん」

「いいんですよ………まぁ、ちょっと焦りはじしたけど、私の事を思ってくれてただけで嬉しいですから」


 俺はあまり人目のつかない場所で柚梪に謝罪。こんな事でやらかしてしまうとは………ちょっと深く考え過ぎていたようだ。


 今の事や先の事を考えるのも大切ではあるが、後の事を考えておかないと意味がない。ただただ後悔を招くだけだ。


 もしかすると、思っていないだけであって………頭の中では無意識に柚梪の妊娠を喜んで、気分が高まってしまってるのかもしれない。


「よしっ、とりあえず会計に行くか。これくらいなら、レジ袋3つくらいで足りるだろ」

「私、1つ持ちますよ」

「ん? 珍しいな。普段なら俺より多く持とうとするのに」

「だって、どうせ私が2つ持つって言っても………龍夜さんは『柚梪は妊娠してるんだから、あまり無理するな』って言うんじゃないかなって思ったんです」

「あぁ………多分、言ってるわな」


 珍しく柚梪が自分から楽な方に行こうとすると思ったら、俺の心を読んでの事だったのか。こりゃ一本取られた。


 だが、俺が側に居る時くらいは柚梪には出来る限り無理をせず、楽にしておいて欲しい。


 昔は家事全て俺1人でやってたからこそ、その大変さを知っている。なんの文句も言わず、嫌な顔せず、喜んで家事に努めてくれる柚梪に、せめてもの感謝をしなければならない。


「柚梪、今日はなんかハンバーグが食べたい気分なんだよ」

「ハンバーグですか? はい、では今日の夕食はハンバーグにしましょう。龍夜さんの方こそ珍しいですね。夕方の希望をしてくるなんて」

「確かに、自分でもそう思うよ。柚梪が作ってくれる料理は全部美味しいもんな。けど、なんか急に柚梪の手作りハンバーグが食べたくなってきてさっ」

「ふふっ、じゃあ………今夜はより、腕を振るっちゃいますかっ」


 クスッと笑う柚梪は、両手を胸の前でグッと握り、やる気に満ちた雰囲気を放つ。そして、この瞬間の俺と柚梪は、籠の中山盛り食材で人の注目を集めていた事を、すっかり忘れていたのだった。

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