第30話 気持ちの不安定

 時間は進み、柚梪の妊娠が判明してからおよそ1ヶ月弱の事。柚梪の体調管理に十分気をつけながら、俺と柚梪は楽しく毎日を過ごしていた。


 そんなある日の休日。柚梪にある変化が現れたたのだ。それは、朝食を食べ終えて俺はソファでスマホを弄り、柚梪は食器洗いをしていた。


「…………」


 何1つ声を放つ事なく、無言でお皿を洗い続ける柚梪。手に持っていたお皿を洗い流すと、蛇口のレバーを下ろし水を止めると、ソファに座る俺に向かって振り返る。


「ねぇ、龍夜さん」

「………んん? どした?」


 柚梪は俺に鋭い眼差しを向けながら、1つほど声のトーンを落として俺の名前を呼ぶ。


「ソファで寛いでないで、少しは洗い物を手伝ってはどうですか?」

「………えっ? あぁ、ごめん」


 柚梪から放たれたその言葉は、どこか刺々しい。今日は朝から柚梪の態度が冷たく、何か気に触れるような事をした記憶はない。


 スマホをスリープ状態にしてテーブルに置くと、俺はソファから立ち上がって柚梪の隣へと移動する。


「柚梪、なんか怒ってる………? 俺、何か気に触れるような事でもしたっけか?」

「………別に」


 ぷいっと顔を俺から明後日の方向へ向ける柚梪。


 今まで俺に対して不機嫌な態度をとる事が無かった柚梪だが、どうも今日に限ってはあまり機嫌が良くないようだ。


 何か柚梪でも、耐えられないほど嫌だった事を俺はいつの間にかしてしまっていたのかもしれない。


 けど、あまり深く探っても………逆に柚梪の機嫌を損ねてしまうかもしれない。柚梪の機嫌が良くなるまで、しばらく待った方が得策かもな。


 そして、俺と柚梪は一切言葉を交わす事なく、黙々と食器を洗い続けた。


☆☆☆


 朝の10時頃。今度は柚梪が掃除機を使ってリビングを掃除している。キッチン・食卓側を一通り掃除機をかけると、ソファに座る俺の前で掃除機を止めて、俺を見下ろす。


「龍夜さん。今からここに掃除機をかけるので、食卓の方へ移動してください。邪魔です」

「あっ………あぁ。ちょっと、心に傷がつくんだが………?」

「知りません。早くどいてくれますか?」

「はいっ………」


 柚梪の鋭い視線と圧に、俺は早々に食卓へと移動(避難)する。


 俺がソファから退く事で掃除機の電源を再度起動した柚梪は、テレビを置いてある棚やテーブル、ソファの下などに掃除機をかけ始める。


 リビングを一通り掃除し終わった柚梪は、コンセントを抜いて2階へ移動しようとする。


「待って、柚梪!」

「………何ですか?」


 掃除機を持ってリビングから出ようとする柚梪。俺は背中を向ける柚梪を呼び止めた。


「何か手伝う。何をしたらいい?」

「………別に手伝って貰う事はないです。勝手に寛いでいてください」

「でも………朝は食器洗い手伝って言った………」

「なんですか? 何か文句でも?」

「いやっ………! 無いから無いからっ!!」

「ふんっ」


 またもや柚梪はそっぽを向いて、掃除機を持ったまま2階へ移動して行ってしまった。


 俺は頭のてっぺんをポリポリとかきながら、2階へ上がって行く柚梪を見送った。


☆☆☆


 そして夕方17時。ソファには柚梪が座っており、テレビで番組を見ており、俺は食卓の椅子に座って柚梪の不機嫌に関してを調べていた。


 もしかしたら、妊娠の影響なのかもしれない。柚梪がこんなにも冷たい態度を取る事は本当に1度も無かった。


 常に甘えて来たり、俺の事を思って行動してくれる………本当に可愛い柚梪。そんな柚梪が、急に態度を冷たくするのは、少しおかしい気がしたのだ。


 そうして調べると『妊娠による気持ちの不安定』と言う項目が出てきたので、それをタップしてサイトを開く。


「妊娠中は、ホルモンのバランスが崩れて気持ちが不安定になりがち………無性にイライラしたり、不安に襲われたり………か」


 サイトを見ていくと、この症状は妊娠初期………妊娠からおよそ3~4ヶ月以内によく見られると書いてあった。


 柚梪の妊娠が判明してから、まだ1ヶ月と弱。症状が現れ始めてもおかしくない時期ではあった。


 さらにスクロールしていくと、その症状による対象方法と言う項目があり、そこには『パートナーである男性が、近くに寄り添い支える事が大切である』と書かれている。


「近くに寄り添い支える事………ねぇ」


 俺はそう呟くと、スマホを切って食卓の上に置くと、柚梪の座っているソファへと足を運ぶ。


「柚梪~」

「………。何ですか?」


 冷たい眼差しを向けてくる柚梪に対し、俺は何の躊躇もなく柚梪の隣に腰を下ろした。


 そして、右隣に座る柚梪の背中から右手を通し、柚梪の右肩に手を添えると、優しく柚梪の身体を抱き寄せた。


 それに対し柚梪は、再び俺に冷たい視線を向けてくる。


「ちょっ………何ですか急に。テレビを見ている最中なんですけど?」

「悪い悪い。可愛い柚梪の温もりが恋しくなってな」

「何を今さら言ってるんですか」

「女性の肌が恋しくなるのは、男の自然現象なんだよ。嫌でも振りほどく事は禁止な?」

「………別に、嫌じゃないので振りほどく気はありませんけど」


 柚梪は小さな声で最後にそう呟いた後、コツンッと頭を俺の肩の上に当てて、俺に身を寄せてくる。そして柚梪は、俺から顔が見えないように下を向く。


 柚梪はほんの少しだけ顔を赤くし照れている事に、俺は全く気づかなかった。

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