第24話 妊娠の喜び

「あぁ~………疲れだァ~………」


 夜の20時頃。ようやく忙しいかった仕事が終わり、我が家まで帰宅してきた俺。


 車から降りて鍵を閉めると、グッと両手を空に向かって伸ばし、縮んだ筋肉を最大限まで伸ばす。


 玄関へ向かって取っ手を掴み、ガチャリと扉を開く。


「ただいま~………」

「………!! 龍夜さ~んっ!」


 疲れた声でそう言いながら家の中へ入った瞬間、リビングから子供のように走って来た柚梪は、俺の胸の中に飛び込んで来る。


「うおっ!? なんだなんだ………? やけに盛大なお出迎えじゃないか」

「えへへっ♪︎ 龍夜さんっ♪︎ 龍夜さぁん♪︎」


 とにかくルンルンでご機嫌な柚梪。一体、何が柚梪をそこまでご機嫌にしているのか、疲れてあまり頭が回っていない俺には分からなかった。


「どうしたんだ柚梪………何かあったのか?」


 俺がそう柚梪に問いかけると、俺の胸の中に埋まった顔をひょっこりと出して、上目遣いで見つめてくる。


 顎を俺の胸元に軽く当てて、目をキラキラと輝かせながら見つめられる俺だが、逆にその可愛いさが俺の疲れた体に癒しを与えてくれる。


 そして柚梪は、嬉しそうに微笑みながら俺の質問に答える。


「龍夜さん! 出たんですよっ!!」

「出た? 何が出たんだ………?」


 柚梪から放たれた言葉に疑問を抱き、首を25°くらい横に傾げる俺。


「反応ですよ! 妊娠検査薬の反応が出たんですよぉ!!!」

「へぇ、反応が出たのか………はぁっ!? 反応!?!?」


 俺は耳を疑うが聞き間違えではない。柚梪は確かに『妊娠検査薬の反応が出た』と言った。その言葉が意味する事はただ1つ。


 柚梪のお腹の中に新しい命が誕生したと言う事だ!


「龍夜さん! 赤ちゃんが出来ましたっ!!」

「そうかぁ………俺達の間に、子供が出来たんだな………っ」


 俺は嬉しさで胸がいっぱいになって、右手に持っていたバックをその場に落とし、柚梪を思いっきり抱きしめる。


 疲れていたはずなのに、一瞬にして好調と化する体。愛する嫁が妊娠したと言う事実を知った事で、疲れよりも嬉しさが何倍にもなって勝ったようだ。


「てかっ、そもそもいつから検査薬使ってたんだ?」

「えへっ、約1週間前くらいからですっ。龍夜さんには内緒にして、驚かせてあげようと思って♪︎」

「たくっ、余計な事を………」


 俺は柚梪が検査薬を使っていた事を知らなかった。


 検査薬を注文してから、家に届いた日に説明だけして柚梪に渡しておいたものの、それから柚梪は何一つ検査薬や妊娠について聞いて来なかったから、特に気にしてなかった。


 それがまさか、妊娠の反応が出てから俺に結果を言って驚かせようとは………柚梪も悪知恵が働くようになったのか。


「とにかく、柚梪は妊娠してる訳だ。くれぐれも無理のないようにしてくれよ? 家事も時にはやらずに安静にする日を作るんだ。分かったか?」

「は~い♡」


 返事はするものの、本当に理解しているのか不安ではあるが、今は柚梪が妊娠した事を喜ぶべきだと俺は思う。


 今からどんな可愛い赤ちゃんが柚梪から産まれてくるのか………楽しみで仕方ない。


「元気に育ってくれよ」


 俺はそう呟きながら、柚梪のお腹の上にそっと手を当てる。


 それを見た柚梪は、ほんのりと微笑みを浮かべながら、俺の手の上に覆い被せるように両手で触れて、優しく自分のお腹へ押し込む。


 そして、お腹に触れたままお互いに視線を交わし合い、やがてキスをする。


 柚梪のお腹に宿った新しい命と、軽く交わしたキスによって………俺と柚梪の関係は、さらに深まったのであった。


☆☆☆


 忙しい仕事の日々を乗り越え、ようやく明日からまた柚梪との時間を作る事が出来る。


 さらに、仕事を頑張ったおかげで3日の休暇を貰った。これで少しの間はゆっくりと羽を伸ばす事も出来るし、柚梪が妊娠した事も知れた。気分は最高だ。


 気分が良いのは柚梪も一緒だ。柚梪に関しては、俺の残業が終わった事によって甘えられる・構って貰う時間が出来たと言う理由も入っている。


「柚梪、抱きついて来たり寄り添って来る分には構わないんだけどさ、片手を封印してくるのはちょっと勘弁して欲しいんだよなぁ………」


 お風呂と夕食を終えた後から寝る時間までの間、夜の自由時間では………俺はいつも通りソファでのんびりしている。


 そこに、柚梪が甘えに来たり………寄り添って来たりするのはいつもの事。逆に言えば、柚梪の日課。


 しかし、今日は妊娠している事が分かって嬉しい気持ちなのは知ってるが、柚梪は俺の右手を常にお腹の上に乗せてくる。


 つまり、俺の右手はずっと柚梪のお腹の上にある。すなわち封印されていると同じ。


「だって、こうして貰ってると………龍夜さんにお腹を守って貰ってるみたいで安心するんですよ」

「そうかもしれないけど………左手だけじゃスマホを操作しずらいんだよ………」

「スマホじゃなくて、私を見てくださいよぉ。もっと龍夜さんに愛を注いで貰いたいんですぅ」


 柚梪はさらに距離を縮めて、俺に体重を押しかけてくる。


 柚梪は4日ほど残業で疲れた俺の事を思って、甘える事や構って貰う事をひたすら我慢してきた。その分、今になって甘えたい欲を存分に溢れさせているのだろう。


「柚梪、明日休みなんだから………明日じゃダメか?一応さ、今日も残業だったんだけど………」

「嫌ですぅ………もう我慢が出来ないんですぅ。愛を注いでください………」


 柚梪は少し悲しそうな顔をして俺を見つめてくる。


 妊娠が判明して嬉しい気持ちでいっぱいなのは本当なのだが、だからと言ってそれで疲れが完全に取れるなんて、そんな事はありえない。


 果たして、今日はいつまで柚梪に構ってやらないといけないのだろうか。


 俺の体力が続けばいいんだけど………。

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