第48話 嫉妬

 俺の幼馴染みである葉衣さくらと久しぶりの再会をし、柚梪のお姉さんに対する怒りはとっくに忘れていた。


 皆で公園から帰宅して、各々自由な時間を過ごす。お昼ご飯の支度をする柚梪。一生にご飯の支度を手伝う彩音。ソファに座って雪と戯れる俺。俺の隣で読書をするさくら。


 俺が雪と遊んでいると、雪はふと黙って読書をするさくらの顔を眺め始める。


 雪に「どうした?」と声をかけると、雪はゆっくりとさくらの方へ向かって進み出し、さくらの膝の上に乗ろうとする。


 膝の上に乗ろうとしてくる雪に気がついたさくらは、読んでいた所に付属の紐を挟んで本を横に置き、雪を抱っこして膝の上に座らせる。


「………あらまあ」


 なんと………雪が抱っこされても泣かなかったのだ。むしろ、嬉しそうじゃないか。今まで俺か柚梪以外の人に抱っこされると泣き出してしまう雪なのだが………。


「雪が泣かないとは」

「………? 泣かない?」

「あぁ。雪は、俺か柚梪以外の人に抱っこされると何故か泣き出してしまうんだわ。父さんや母さん、彩音ですらも泣くんだわ」

「そう、なのですね。何故でしょう?」


 理由は分からないが、初めて雪を抱っこしても大丈夫な人が現れた。


「やっぱさくらは何かの力でも持ってるんだろうな」

「いえいえ、そんな事ありませんよ。偶然だと思いますよ」

「いやぁ、どうだろうな? お前はほぼ何でも出来るからなぁ」

「彩音ちゃんほどではないですけどね」


 雪の頭を撫でるさくらとの会話を楽しむ。幼い頃とは声も見た目も口調も違うが、やはりお互いに気が合うのか、ついついお喋りが楽しくなってしまう。


 一方、お昼の支度をする柚梪と彩音ペアは………


「お兄ちゃん、すごく楽しそうだね~。いや、嬉しそうって言った方がいいのかな?」

「………そうですね」


 野菜を洗う彩音が野菜を切る柚梪に対してそう話しかけるが、柚梪はどこか元気がなさそうな様子だった。


「………ごめんね」


 柚梪の心情を察したのか、彩音はポツリと柚梪に謝罪をする。


「え? あっ、私の方こそごめんなさい………せっかく話しかけてくれたのに………」

「うんん。私の言い方がちょっと悪かったかも」


 俺とさくらの反対に、柚梪と彩音はあまり会話が続かない様子だ。むしろ、少し気まずい雰囲気が漂っている。


 野菜を洗い終えた彩音は、手を洗ってタオルで拭くと冷蔵庫へと向かい何かを探す。しかし、探している物がどうも見つからないようだ。


「あれ? 柚梪ちゃん。サラダ用のマヨネーズって、どこに置いてあるの?」

「え? マヨネーズですか?」


 柚梪は包丁を置いてそのまま冷蔵庫へ向かうと、いつもマヨネーズやケチャップなどを置いている所を見る。しかし、確かに見当たらない。


「あれ? いつもここに入れてるんだけど………いつの間にか使い果たしていたのかも」

「うーん。じゃあ、新しいの買って来よっか」


 そう言うと、彩音はソファの隣に固めて置いてある荷物へと向かい、財布を取り出す。


「ちょっと近くのお店に行ってくるねー」

「お店? 何か買うのか?」


 玄関へ向かおうとする彩音に、俺はそう問いかける。


「うん。サラダにかけるマヨネーズ買ってくるー」

「マヨネーズ? もう無かったっけ?」

「はい、いつの間にか使い果たしてたみたいで………記憶にないんですが」


 俺もマヨネーズを使った記憶はないが、まぁ無いなら買いに行くしかない。


「彩音ちゃん。私も行きます」

「オッケー! さくらちゃんとデートだね♪」


 さくらは膝の上に座る雪を下ろし、足元に置いていた肩掛けの小さめなポーチから財布を取り出し、彩音と一緒に玄関へ向かって行った。


「行って来ま~す!」


 そう言った後、ゴトンと玄関の扉が閉まる音が聞こえた。


(さて、なんかニュースでも見るかなぁ)


 俺はポケットからスマホを取り出して電源をつける。


「………」


 一方、冷蔵庫の扉を閉めた柚梪は横目でじっと俺の姿を見つめる。その後、水道水で軽く手を洗ってエプロンをつけたまま俺の所へと歩み寄る。


 そして、俺の隣に腰を下ろすと、肩をピタッとくっつけてきて、腕を俺の腕に絡ませてきた。


「………柚梪? どうした?」

「…………」


 俺の問いかけに何も答える事なく、そっぽ向く柚梪だが、絡めた腕をほどいてくる様子はない。


「怒ってる?」

「………別に、怒ってる訳じゃないです。ただ………」

「ただ?」


 柚梪が俺の腕を抱く力をほんのりと強める。


「さくらさんと久しぶりに会えて嬉しいのは分かりますし、悪気なんて全く無いって事も理解してます。けど、知らない女の人に抱きつくのは………どうかと思います」

「…………」


 確かに、考えてみるとそうだ。その時の俺は嬉しさのあまり柚梪が居るのを忘れてさくらに抱きついてしまったのだ。


 柚梪からしたら初対面の相手に、自分の旦那さんが抱きつく所を見たら、少なくとも良くは思ったりしない。


「………ごめん。俺が悪かった。柚梪の事を一番大切に思っているのは事実だ。他の女に寝返ったりは絶対にしない」

「………本当ですか?」

「あぁ。本当だ。なんなら、証拠が欲しいか?」

「………証拠ですか?」


 そっぽを向いていた柚梪が俺の方へと振り向く。そして、上目遣いで俺を見つめる。


「欲しい? 証拠」

「まぁ………あるなら欲しいですけど………」


 それを聞いた俺は、柚梪の耳元にゆっくりと顔を近づけてこう囁いた。


「なら、今日の夜………久しぶりにするか」

「するって………何をです………………っ!?」


 一瞬俺の言葉の意味が理解出来なかった柚梪だが、すぐにその言葉の意味を理解してポッと顔を赤らめた。

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