第11話 期待
短いキスを終えると、俺と柚梪はお互いに見つめ合っていた。俺は少し照れ臭くなっており、柚梪は物足りないような表情をする。
「もう、終わりなんですか?」
柚梪が目を細め、耳が溶け落ちてしまいそうなほど、甘い声で問いかけてくる。
「終わりっ。今、外だし………いつ彩音達が来るか分からねぇから」
「………分かりました」
俺に『終わり』とキッパリ言われてしまった柚梪は、これ以上キスが出来ない事を受け入れると同時に、おもちゃを買って貰えなかった子供みたいに、深く凹んだ。
俺こそ、柚梪の甘い唇をもっと堪能したいのだ。しかし、予約の時間まであまり余裕がなく、いつ彩音達が来てもおかしくないのだ。
俺達は1時間近くかかるほど離れているが、彩音達の住む実家からは、最短15分で着くくらい近いのだ。
「柚梪?」
「……………」
「はぁ、ダメだこりゃ。拗ねちまったな」
あまりにも深く凹んでいるので、試しに声をかけてみるが、ご褒美が足りなかったせいか、柚梪は返事をしてくれなかった。
けど、俺は分かっていた。こうして拗ねる事で、俺が仕方なく再度キスを申し出てくれるのを待っているのだと。
いや、待っているのではなく………『期待している』の方が正しいか。
彩音達が来るまでの間、ずっと拗ねている事で、気を使った俺が再びキスのご褒美をくれる事を期待している。この言い方がしっくりくるだろう。
「柚梪、ちょっと待ってて」
「………? はい」
俺はー度運転席から外に出ると、ここだよレストランの駐車場を見渡す。そして、父さんの使っている車がない事を確認すると、再び運転席に戻った。
「………どうしたんですか?」
急に外へ出たと思ったら、すぐに戻って来た俺に疑問を抱いた柚梪は首を傾げた。
「彩音達が来ていないか確認したのさ。予約時間まで10分切ったから」
「もう、来てましたか?」
「いいや、まだ来てねぇっぽい。ただ、もう近くまで来ていてもおかしくはないだろうな」
それを聞いた柚梪は、少しだけ俺に何かを期待する眼差しを向けたが、特に何も反応がない俺に、柚梪は再びショボンとした表情になる。
「そう、ですよね。もうすぐ彩音ちゃん達が来ちゃいますからね」
柚梪はそう言うと、助手席から後ろの席に振り向き手を伸ばすと、後ろの席に置いていた肩掛けバックを持って、シートベルトを外し、車から降りる準備をした。
「いつ降りますか?」
「もう少しだけ待ってみよう。予約時間になっても来ないようなら、先に行くか」
「分かりました」
返事をした柚梪は、助手席から俺の反対側の外を眺める。そこには、車が数台止まってるだけの光景しかないのに。
だが、柚梪自身はこれ以上期待してもダメだと判断したのか、気分を入れ換えているようだった。
「………はぁ、仕方ねぇな」
その柚梪を見た俺は、短くため息を吐くと「柚梪」と名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた柚梪は「はい、何ですか?」と答えながら俺の方をゆっくりと振り向く。
「まだ欲しいのか? ご褒美」
「………!」
その言葉に、柚梪の目には光が宿った。
「どうなんだ? 欲しいのか欲しくないのか。早く言ってくれ。時間があまり無いんだからさ」
「ほ、欲しいですっ!」
「はいはい。けど、外では本当にこれで最後だからな。分かったか?」
「はいっ!」
しっかりと約束を結んだ俺と柚梪。
俺は右手を柚梪の後頭部に当てて、ゆっくりと顔を近づける。対して柚梪も、目を瞑って少し顎を前に出し、キス顔を作っていた。
やがて、チュッたお互いの唇が触れ合い、唾液の絡んだ舌をゆっくりと絡め合わせる。
甘い音が車内に少しだけ漏れだす中、俺と柚梪はお互いの甘い味を堪能するのだった。
結局俺は、柚梪の狙いに乗っかっちまったと言う訳だな。俺はまだまだ柚梪に対して、甘過ぎるのかもしれん。
今度は10秒ほどの長めなキスを堪能し、お互いに唇を離す。そして、瞼を開くと………目の前には、ほんのりと頬をピンク色に染めた柚梪の可愛い顔があった。
「………可愛いな」
「ふぇ!? あ、ありがとうございます………龍夜さんもカッコいいですよ」
「………ありがと」
最後はお互いに褒め合って、一時の幸せな時間の幕を閉じた。
☆☆☆
あれから数分後、予約時間まで残り5分になろうとしていた時、俺はスマホを弄っていて、柚梪は手鏡を見ながら前髪を整えていた。
すると、俺の方の窓からコンコンコン………っとノックをする音が聞こえて、窓に視線を送ると………そこには彩音の姿があった。
「お兄ちゃーん、柚梪ちゃーん!」
「おう、ようやく来たのか。今から出るから、ちょっと離れてくれ」
「はーいっ♪︎」
俺は運転席から扉を開いて外に出ると、合わせて柚梪も助手席から外に出て、俺は小さいリモコンのような物に付いているボタンを押すと、ピッと車から音が出ると同時に、車の鍵を閉める。
「お兄ちゃーん!!!」
「うわっ!? 急に抱きつくな!?」
後ろを振り向いた瞬間、胸の中に飛び込んでくる彩音。そしていつの間にか彩音の背後には、父さんと母さんに、ゲーム機を持った光太が居た。
「おーし、店に入るぞ! 今日は好きな物をたくさん食べろー!」
「まあまあ、お父さんったらはしゃいじゃって」
ノリノリな父さんにクスッと笑う母さん。父さんを中心に、俺達はここだよレストランの入り口に向かう。
歩いていると、父さんが俺に近寄って来て、少しだけ顔を俺の耳に近づけてくる。
「な、なんだよ………父さん」
「龍夜よ、外での時は、もっとよく周りを見ておいた方がいいぞ」
「………は?」
父さんは訳の分からない言葉を俺に言うと、レストランの中に入って行った。
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