第33話 決意
翌朝の祝日。俺は柚梪を車に乗せて、以前訪れた産婦人科の営業時間中に乗って来た。
駐車場に車を止めて受付をするために建物の中へ入る。今日はあまりお客さんが来ていないようで、5分も経たない間に俺と柚梪は指名された。
そうして、医師の居る部屋へ柚梪を連れて入り、医師の目の前にある椅子に座らせる。
「如月さんですね。前回いらっしゃったのが、だいたい5ヶ月ほど前ですかね?」
「そうですね。なんかあっという間って感じです」
医師からの質問に対して、俺は丁寧に答える。
「嫁のお腹もだいぶ大きくなってきましたし、そろそろ性別が分かるんじゃないかと思って」
「はいはい、性別ですね。確かにもう分かってもおかしくない時期ですからね。では、部屋を変えましょう」
医師が席を立って部屋を移動し始めて、俺と柚梪はその医師の背中を追いかける。
そして、以前柚梪の妊娠が判明した診察室に移動してくると、医師は機械とモニターの電源をつけ始める。
「柚梪さん、ちょっと失礼しますね」
「あっ、はい」
銀色に光る丸い物を手に持って、医師は柚梪の服の下に手を入れ、柚梪の肌を隠した状態でお腹を調べて始める。
柚梪のお腹に丸い物が触れたとたん、モニターに白黒の映像が映し出された。そこには、人の形をした小さな赤ちゃんの姿が映っている。
「まだまだ小さなですけど、拡大せずに認識出来る大きさまでは育っていますね」
「………よかった」
その医師の言葉と、モニターに映し出された子供に、俺は一安心する。
そして医師は、画面を拡大しながら赤ちゃんの足元に画面を寄せると、医師はジーッとモニターを見つめる。
「これは女の子ですね」
「………っ!! 女の子ですか!?」
性別を聞いた柚梪は、目をパアッと輝かせて医師にそう問いかけると、医師は嬉しそうに縦に頷く。
すると、柚梪はドヤッとした顔で俺に振り返ってくる。
「な、なんだよ………」
「ふふんっ。だから言ったじゃないですか! 私は、お腹の中の子供は女の子だと。やはり、私の感じた予感は当たってたんですよっ!」
柚梪は誇らしげに口を動かし、すごいでしょアピールをしてくる。
まさか、本当に女の子だったとは………2分の1とは言えど、こりゃ参った。
「嬉しそうですね。もうお名前とかは決められているんですか?」
「はいっ、雪ちゃんって決めてるんですよ♪︎」
「雪ちゃんですか。良いお名前じゃないですか」
医師はニコニコ、柚梪はルンルンで俺は置いていかれているような気がして仕方ない。ただ、性別が分かった事で、さらに子育ての準備を進める事が出来る。
「柚梪さんも、あと2ヶ月ほどで妊娠後期に突入しますので、くれぐれも体調管理と食事には注意をしてくださいね」
「はいっ。あの、1つ質問なんですが………赤ちゃんが産まれる時って、どんな症状が出るんでしょうか?」
柚梪は自分のお腹を軽く押さえながら、少し不安そうな顔をして医師に質問を投げ掛ける。
「そうですね………陣痛と言って、赤ちゃんぎ出ようする時、赤ちゃんが出てくる道が大きく開こうとするです」
十分に育った赤ちゃんが出てくる。それによって、赤ちゃんが出てくる道が極端に広がり、裂けるような強い痛みが出るらしい。
また、初めて赤ちゃんを産む女性は、いざ赤ちゃんを出産する時は尋常ではないほどの痛みがすると言う。
赤ちゃんが出てくる直前、病院の先生が女性の股を切って開く作業があるらしい。そうしなければ、大きく裂けてしまい、治療が大変らしい。
しかし、麻酔なしで皮膚を切り裂かれても、その痛みが分からないほど苦しく辛いと口こみがあった記憶がある。
「………」
医師の説明を聞いた柚梪は、さっきまでのルンルンな状態から暗く怖がっている表情に変わる。そんな柚梪に、俺は肩をポンポンと軽く叩く。
「龍夜さん………私」
「そんなに怖がるなって。俺は男だから、その痛みは分からない。でも、俺の母さんや柚梪のお母さんも、その辛い思い乗り越えて産んでくれてるんだ」
「………お母さん」
俺達人間が居ると言う事は、その辛い痛みに耐えて産んでくれた親が居ると言う事。
その痛みは、女性だけにしか分からない。俺のような男は、愛する嫁を見守り………応援する事しか出来ない。
「俺が出来るのは、少しでも柚梪がその苦しみから解放されるのを早くするための手助けと応援だけ。あとは、側に居てあげる事くらいしかないか」
「………」
「けど、その辛さを越えた先には………きっと、さらに幸せで明るい日が待ってるさ」
実際、これが柚梪の励ましになっているかどうかは分からない。けど、出産に関しては本当にこれくらいしか出来ないのだ。
あとは柚梪による自分との勝負。陣痛を怖がっていては、立派な赤ちゃんは産まれない。
「そう、ですよね。母親は子供を産んで育てるのと、夫を支えるのが使命。決めたんです。龍夜さんとの可愛い赤ちゃんを必ず産むって。怖がってちゃ………いけないですね」
柚梪は下を向きながら呟くが、やはり体験した事のない痛みを味わうと言う事実に、恐怖心を捨てられないようだ。
「大丈夫ですよ」
「………!」
すると、俺と柚梪の会話を聞いていた医師がそっと柚梪に声をかけた。
「その苦痛を越えた先には『乗り越えて良かった』と思える瞬間が必ず来ます。女性の憧れでもある、結婚式のようにね」
「………!!」
結婚式………あの時、花嫁衣装を身につけた柚梪は、本当に綺麗で可愛いくて、とにかく全てが美しいかった。
そして柚梪も、今まで見た事のないような満面な笑顔で、結婚式と言う雰囲気を最大に堪能していた。
「最初は誰だって不安になります。けど、皆それを乗り越えている。そして、命の次に大切な宝物と出会うのです」
医師の話を聞いた柚梪は、そっと俺の方へ振り向いてくる。その目には、柚梪の強い決意が示されていた。
「龍夜さん。私………頑張りますっ!!」
柚梪は胸に手を当てながら、自分の決意をはっきりと口にした。
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