第43話 弁解?

「ごめんって………別に盗み聞きするつもりじゃなかったんだってぇ~」

「うぅ………もうお嫁に行けません………」

「いや、すでにお兄ちゃんの奥さんじゃん………」


 彩音に俺とのイチャつきを見られた事で、顔を真っ赤に染め上げた柚梪は、雪を膝の上に座らせた状態で顔を両手で覆い隠していた。


「お、お兄ちゃんも………ごめんなさい」

「んあ? 俺は別にいいぞ。久しぶりに妻の恥ずかしがる顔が見れたからな。めちゃくちゃ可愛いかったぞ」

「う、うるさいですっ!」


 ソファに座りながら、キッチンでお茶を飲む俺を睨めつける。まぁ、そもそも柚梪自体が可愛いからか全く怖さを感じられない。


「だが、俺と愛する妻のイチャイチャを盗み聞きするとは、なかなかの度胸じゃないか。彩音よ?」

「だから違うってぇ! ヘアバンド取りに来たらたまたま聞こえちゃっただけだからぁ!」


 彩音は弁解する事で精一杯。俺はともかく、今の柚梪の機嫌を戻すのはそう簡単な事じゃない。


「ねぇ、柚梪ちゃん………本当にごめんって。許して~」

「ダメですっ、絶対に許しません!」

「無駄だぞ彩音。俺でないと、柚梪はそう簡単に機嫌を直してくれな………」

「じゃあ、明日アイス買ってくるからさ」

「えっ! アイスですかっ! なら許しますよ!」

「………えぇ」


 彩音の言葉に目を輝かせながら明るい表情に早変わりする柚梪。真っ赤に染まっていた顔も、瞬きする間もなく元通りだ。


 どうやら俺の勘違いだったらしい。柚梪の機嫌を直すにはアイス1本買ってあげれば良いみたいだ。


「え? アイス買ってあげるだけでいいの?」

「もちろんですっ! 私、アイス大好きなんですから♪ あっ、でも………勘違いしないでくださいよ?」

「ですよね~………ごめんなさ………」

「アイスよりも、龍夜さんの方が何百倍も大好きですから♡」

「そっち!?」

「そっちかよ………」


 ニコニコと微笑む柚梪に対して、俺と彩音が全く同じタイミングで反応をしてしまう。さすがは血の繋がった兄妹だ。


 そんな俺達の会話が分からない雪は、柚梪の膝の上で辺りを見渡しながら、おしゃぶりをもぐもぐとしている。


 コップを片手にキッチンから柚梪と彩音のやり取りを見ていた俺の所に、彩音がやって来る。


「お兄ちゃん………柚梪ちゃんって、あんな感じだっけ?」

「いや、もう少しおとなしかった記憶があるんだがな。いつから、あんな気持ちを解放するようになったのかは、俺も知らん」


 柚梪が気持ちを躊躇なく言葉に出来ると言う事は、気が緩むほど信頼されているからか………それとも、幸せにしてあげられている証拠なのか………いまいち分からない。


 けど、柚梪が笑ってくれるだけで………俺は毎日が幸せだ。


 俺は柚梪の座っているソファに歩み寄り、柚梪の隣へ腰を降ろす。


「本当に、綺麗になったな。柚梪」

「………え? 急にどうしたんですか?」


 優しく声にしたその言葉に、柚梪は戸惑いの表情を浮かべる。


「お前が隣で笑っていてくれるだけで、俺は生きてて良かったと思えるんだ。柚梪の笑顔が、俺にとって何よりも宝物だからな」

「………! 龍夜さん………そんな、急にドキッとするような事………言わないでくださいよ」

 

 柚梪はほんのりと照れながら、膝の上に居る雪の頭をなでなでする。頭を撫でられている雪は、嬉しそうに満面の笑顔を放つ。


 その様子をキッチンから見ていた彩音は、少しだけ微笑みを見せる。


「ほんと、羨ましいくらい………いい夫婦だね」


 ボソッと小声で呟く彩音。その声からは、嬉しそうな反面悲しそうでもあった。


「………彩音ちゃん!」

「は、はいっ!?」


 すると、突如として柚梪から指名された彩音は、ビクッと体を震わせ慌てて返事をする。


「アイス! アイスはいつですか!?」

「えっ? あ、明日買って来ようかなって思ってたんだけど………」

「えぇ~………明日ですかぁ?」


 柚梪は照れ隠しなのか知らないが、さすがに話題を吹っ掛けるタイミングが突然過ぎるのだ。そして、彩音と俺自身も戸惑いを隠しきれない。


「柚梪、さすがに今日はもう遅いだろ………お店ほとんど閉まってる時間だし」

「いえ! コンビニなら開いてますから!」

「違う、そう言う事じゃなくて………」

「そんなにアイス食べたいんだ」


 何やともあれ、結論で言うと今日も我が家は賑やかです。


☆☆☆


 時は少し遡り、夕方4時の事だった。


 とあるバスがバス停に停車し、出口からある女性が1人降りてくる。たまたま近くでワイワイとしていた男子高校生5人が、その女性を一目見ただけで釘付けにされる。


「なぁ、あの人………めっちゃ美人じゃね?」

「すげぇ! アニメのキャラクターみてぇ!」


 美しい輝きを放つその女性は、男子高校生達の居る方とは反対の方向へ向かって歩き出す。


「………あら? こんな所に花屋さんが。ちょうどいいですね」


 少し歩いた所にお花の店を発見した女性は、その店に入る。花屋と言う事で、店内には様々な花が並べられている。


「いらっしゃませ♪」

「素敵な花がたくさんありますわぁ~………どれにしようか迷ってしまいますぅ~」


 その女性は、店内を歩き回りながら1つ1つ花を眺めて回る。そして、ある1つの花が女性の目に入る。


「この花、私の好きな桜の花と似た綺麗な色をしていますね。決めました、この花にしましょう。店員さん、この花を3つほど頂けますか?」

「かしこまりました♪ 今、お包みしますね」


 店員さんは、桜のような色をしたピンク色の花を3つ紙に包む。


 お支払を済ませ包まれた花を持って店から出た女性は、購入した花の1つから花びらを1枚軽く千切って、花びらの先端を口で咥えた。


「………この花、春を感じさせるような上品な味がしますわぁ~。私の見込みに違いはありませんでした」


 そして、花びらを咥えたまま一回キャリーバッグから手を離し上着の胸ポケットから1枚の白い紙を取り出し、紙を広げた。


「この辺で間違いなさそうですね。時間的に夜になりそうですし、どこかホテルを探して1泊しましょう」


 その女性は、紙を胸ポケットにしまい今度はズボンのポケットからスマホを取り出すと、近くにあるホテルを検索する。


 ホテルが見つかると、その女性はホテルを目指して再び歩き始めた。


「明日がとても楽しみです。どれほど立派な姿になってるのでしょうか………

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