第4話 出来立て夫婦の食べさせ合い
「龍夜さん。お米が炊くまでもう少し時間が掛かりますので、先にお風呂に入って来てはどうですか?」
「んー? じゃあ、そうしようかな」
結婚当日の夕方。夕食の支度をしている柚梪が、キッチンとカウンター越しから、ソファに座ってスマホで小説を読む俺にそう言ってくる。
俺と柚梪は、普段19時に夕食を食べてから、順番にお風呂に入るのだが、今日は少し時間が掛かるそうなので、先にお風呂を済ませる事にする。
リビングから廊下に出て、階段前にある脱衣室へと向かい、棚からパジャマや下着やタオルを取り出し、結婚指輪を外して着ていた服を洗濯機の中へぶちこむ。
腰に白いバスタオルを巻いて浴室に入ると、まず先に髪と体をささっと洗ってお湯で流す。
湯気が出るお湯が溜まった浴槽に入り、肩より少し下まで浸かった。
4年前までは、洗濯を柚梪がしてくれていたけど、ご飯やお風呂は俺がやっていた。それが今では、柚梪が料理を作ってくれるし、お風呂を沸かしてくれるし、洗濯もやってくれる。
「………こんな俺が、柚梪と結婚出来るなんてな。まるで、夢みたいだ」
つい昨日までは恋人だったのが、今では俺の嫁。初めてプロポーズをしたあの日よりも、さらに一段と綺麗になった。
「たまたまバイト帰りで、いつも通ってた道が工事してたから、遠回りした。そしたら、虫に集られている痩せた女の子が居て、助けて、世話していたあの女の子と結婚する日が来るなんて、当時の俺は思ってもいなかっただろうな」
ボロボロでガリガリに痩せ、瞳には希望が一切無かった柚梪。それが今では………アイドルやモデルを越えるほどのスタイルを持った美人に育った。
小動物のように甘えてきていたあの時の柚梪が懐かしい。
「………結婚初日の初夜か」
湯船に浸かりながら、暗くなった外を窓越しに眺める。結婚した夫婦による初夜は、俺と柚梪にとって最初のイベントだ。
そして明日は休み。ならば、愛しき柚梪とたくさんイチャコラしてやろうではないか!
「おっしゃ! 今日はたくさん柚梪とイチャイチャするぞぉ!!!」
俺は訳の分からん所で張り切りながら、しばらくお風呂を堪能して浴室から出ていく。
☆☆☆
お風呂から上がると、柚梪がカウンター前に設置されている4人用のダイニングテーブルに、夕食のハンバーグと味噌汁と白米を並べて待っていた。
「あっ、龍夜さん。今ちょうど支度が終わった所ですよ」
「お、タイミング良し。冷めない内に食べるか」
灰色のパジャマを着て、首には白のタオルをぶら下げ、結婚指輪をしっかりと付けた状態で席につく。
「いただきまーす」
「はい。召し上がれ♪︎」
俺は箸を持って、早速ハンバーグを切ろうとする。しかし、「待ってくださいっ」と柚梪に呼び止められた。
「私が食べさせてあげますね♪︎」
そう言うと、柚梪は自分の箸を持って俺のハンバーグを代わりに8等分に切ると、その内の1つを箸で摘まんだ。
そのまま、ハンバーグが落ちないように手でお皿を作りながら、俺の口元へ持ってくる。
「龍夜さん。はいっ、あ~ん♪︎」
「………あ~ん」
柚梪の合図の後、俺は口をそれなりに開いて、パクリとハンバーグを口の中に含んだ。
「うん。美味しいよ」
「それはよかったです♪︎」
細かく噛んでハンバーグを飲み込む。出来立てのハンバーグは、噛むと肉汁が口の中に溢れ出てきて、旨みで口内が支配される。
「龍夜さん、実は………隠し味があるんですけど、分かりますか?」
「え? 隠し味が入ってるの? うーん………なんだろう?」
柚梪はニコニコと嬉しそうな表情をする中、俺は眉を寄せて必死に脳を回転させていた。
特にこれと言った変な味はしなかった。普通に美味しいハンバーグだ。いったい、何を入れていると言うのか?
「分からないですか?」
「うん。ちょっと分からないな………」
悩む俺の表情を見た柚梪は、クスッと笑う。
「正解は、『愛』でした~!」
「………マジかぁ、このハンバーグには『愛』の隠し味が入っていたのかぁ! 通りで美味しい訳だ」
なるほどな。可愛い嫁の愛が入っているからこんなにも美味しいのかぁ。こりゃあ、一本取られたな。
「じゃあ、はいっ………柚梪。あ~ん」
「………! あ~ん………」
今度は俺が箸で柚梪のハンバーグを8等分して、その1つを摘まんで柚梪にあ~んをする。
柚梪は嬉しそうに口を開けると、箸で摘まんだハンバーグを一口でパクリと食べた。モグモグと口を動かせて、ゴクリと飲み込む。
「ん~! 龍夜さんに食べさせて貰うと、もっと美味しく感じます♪︎」
「そうかそうか。ほら、あと7回もあ~ん出来るぞ?」
「えへへっ、幸せですぅ♪︎」
それから、ハンバーグが無くなるまでお互いに食べさせ合い、甘い食事を堪能した。結果、おかずであるハンバーグが無くなって、お米はそのままで食べる事になってしまったが………。
その後、俺は柚梪と一緒に食器を洗って、お風呂上がりのいい香りがするピンクのパジャマを着た柚梪と、リビングのソファに座って夜の時間を過ごしていた。
「もう23時か。あっという間だったな」
「そうですね。今日もあと少しで終わってしまいますね」
お互いに肩を寄せ合いながら、俺と柚梪はそう呟いた。
「そろそろ寝る支度をするか」
「龍夜さんっ!」
「………ん?」
俺は歯を磨こうと立ち上がろうとすると、柚梪が俺のパジャマを軽く摘まんで、俺を呼び止める。
「あの、結婚して初めて迎える夜を………『初夜』って言うんですよね?」
柚梪はなにやらモジモジとしながら、そう俺に聞いてくる。それに対して俺は、「まあ、そうだな」と答える。
「あの………ですね、その………」
顔を赤く染めていく柚梪。同時に、俺から少しだけ視線をずらし、恥ずかしがっている様子だ。
そして柚梪は、空いている右手で自分のパジャマの胸元を握ると、勇気を振り絞って俺に視線を向ける。
「龍夜さんっ! 私、龍夜さんとの………赤ちゃんが欲しいですっ!!」
「………っ!?」
柚梪は勢い良く、そう俺に言葉を放ったのだ。
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