第21話 我慢しなくちゃ………

 柚梪との性行為から3週間以上が経過。あれから、少し微熱が出たりする事があったが、特にこれと言った症状は現れていない。


「………。陰性」


 俺は仕事に行って、いつも通り家事をした柚梪は、トイレに籠りスティック形状の検査薬を片手に持ち、その検査薬を見つめていた。


 性行為から3週間が経過した為、妊娠検査薬を使う事が出来るようになった。


 柚梪は妊娠してるかどうかを確かめるのに、最初はすごくワクワクしていたのだが、ここ数日間検査をしても反応は陰性ばかり。


「やっぱり、妊娠してないのかな………。あの時の高熱も、ただ単に私が体調を崩しただけなのかな」


 柚梪は妊娠している可能性が限りなく低くなってきている事に、残念な気持ちで胸がいっぱいになる。


 検査薬の先端をトイレットペーパーで綺麗に吹いて、キャップで閉じた検査薬を手に持ったまま、トイレからリビングに戻る。


 ソファに腰を下ろすと、柚梪は「はぁ……っ」と深いため息を吐く。


「1回だけじゃ、ダメなのかな………?」


 柚梪は小さくそう呟くと、チラッと時計に視線を向ける。


「あっ、13時過ぎてる………。まだお昼ご飯食べてなかった」


 検査薬をテーブルの上に置いて、柚梪はキッチンへ向かう。冷蔵庫から適当に食材を取り出して、簡単な料理を作り始めた。


 やがてお昼ご飯を食べ終わり、お昼の自由時間。すっかり元気を失くしつつある柚梪の元に、一本の電話がかかる。


「はいっ、もしもし?」

『あぁ、柚梪。龍夜だけど』

「龍夜さん………今日も、ですか?」


 電話の相手は俺。しかし、柚梪はちょっと意味深な質問を投げ掛けてくる。


『あぁ、最近………やけに仕事が多く入って来るんだ。悪いけど、今日も帰りは21時くらいになるかも』

「分かりました………」


 そう、ここ最近はやけに仕事が入って来るせいで、全く間に合っていないのだ。


 その為、今日を入れて4日間の間ずっと残業をしている。おかげで、体力はかなり持って行かれ、柚梪との時間が作れなくなってしまっている。


『じゃ、俺仕事に戻るから。夜は何か適当に食べて帰って来るよ』

「はい。頑張ってください」

『おうっ。じゃあな』


 柚梪は電話を切って、膝の上にスマホを置く。


「…………」


 妊娠はしていない可能性が極限まで高く、さらに俺に構って貰う事が出来ない事実に、柚梪はガッカリ。


 自分のお腹に視線を向けて、右手でそっと服の上からお腹に触れる。妊娠してもないのに、優しく………優しくお腹を撫でる。


 柚梪は何1つ喋る事なく、静かなお昼を過ごす。


☆☆☆


 そして夜の21時30分頃。残業を終えてヘトヘトになった俺が帰宅した。


「ただいまぁ………」

「あっ、おかえりなさい………! 龍夜さんっ!」


 俺が帰って来た事により、寂しそうにしていた柚梪の目に光が宿る。スタスタとリビングから玄関まで歩き、お出迎えに来てくれた。


「お風呂は沸いてる?」

「はいっ、沸いていますのでごゆっくり入って来てください」

「おう、そうさせて貰うわ」


 柚梪は俺から荷物を預かると、脱衣室へ向かう俺を見送った。


 そして30分ほど経過し、お風呂から上がってきた俺はいつも通りの指定席(ソファ)に向かって、ドスッと腰を下ろす。


「柚梪、氷水を頼めるか?」

「はいっ、すぐに作りますね」


 柚梪はコップに氷を数個入れて、水道水を加え氷水を作ると、ソファに座る俺に手渡す。


「どうぞっ」

「おっ、ありがと」


 受け取った氷水入りのコップに口をつけて、グッと持ち上げて冷えた水を口の中に流し込む。


 お風呂上がりで体温が上がった状態で、冷えた水を飲んだ時の美味しさはたまらないっ。しかし、連日残業で疲れた体を完全に戻す事は出来ず、すぐに今度は眠気が俺を襲う。


「あ、あの………龍夜さん。そのぉ………もし良かったら今夜………こ、子作りを………」

「ふわぁ~………」


 柚梪はポッと顔をほのかに赤らめながら、俺に交尾のお誘いをしようとするが、あくびと眠気に襲われていた俺の耳には、何1つとして話が入ってなかった。


「あぁ~………体が重い………」

「………。だ、大丈夫ですか?」


 疲れて辛そうにしている俺の顔を見て、柚梪は無理に誘うのはダメだと判断し、残念そうな表情を浮かべながらも、俺を心配する。


 なら、せめて少しでも甘える時間を作りたいっ!そう思った柚梪は、俺の隣に座って身体を寄せようとするが………


「悪い、疲れが溜まってやべぇわ。今日も早いけど、寝るか」

「あっ、龍夜さん………」


 俺は少しでも疲れ取って明日の仕事に備える為、ソファから立ち上がり、脱衣室にある洗面台へ向かって歩き始める。


 その後ろ姿を眺める柚梪は、しょんぼりとした表情を浮かべる。


「龍夜さんは、私の為に頑張ってくれてるから………休ませてあげなくちゃ………我慢、しなくちゃ………」


 柚梪は胸の奥から湧き出る甘えたい欲と、構って貰いたい欲をぐっと抑え、歩いて行く俺の背中を追いかけた。


 歯を磨き、寝室へ移動してベットに寝転がった俺は、5分も経たずに深い眠りへと入った。一方柚梪は、俺に背中を向けた状態で布団を被って寝転がっている。


 いつもなら、夜は俺にたくさん愛を注いで貰っている柚梪からして、仕方ないとは言えど………甘える事も構って貰う事も出来ないと言うのは、この世の中で最も辛い事なのだ。

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