第22話 謎の違和感

「………んん?」


 夜中の2時30分頃。真っ暗になった寝室のベットで寝る柚梪は、ふと目を覚まし始めていた。


「………っ!」


 ぼんやりと視界がはっきりとした時、柚梪の目の前には灰色の何かが一面に広がっていた。


 寝る前は仰向けになって、天井に顔を向けながら寝ていたはずなのに、いつの間にか寝返りをしていたようだ。


 柚梪は一回起き上がろうと体を動かす。すると、腰元に何かが乗っているような感覚がして、腰元に視線を向ける。そこには、俺の右腕があった。


「………龍夜さん」


 俺の腕がある事に気がついた柚梪は、目が覚めた時に視界に入った一面も灰色の正体に気がつく。それは、俺のパジャマ。


 柚梪は今、俺に優しく抱きしめられ俺の胸の中に居る状態だった。


 おそらく俺自身も、寝返りで自然と柚梪を抱きしめていたのだと思う。それでも、全く俺に甘える事が出来ずに我慢していた柚梪にとって、幸せな一時だった。


 しかし、柚梪が目を覚ました理由はこれではない。


 柚梪は無意識を抱きしめてくれいた俺の寝顔を見て嬉しそうに微笑んだ後、優しく俺の腕を除けてそっと体を起こす。


 柚梪はお腹に視線を向けて両手で触れる。


「………? なんか、変な感じがする?」


 柚梪はお腹に感じる変な感覚に違和感を覚えて、自然と目が覚めてたのだ。


 しかしその感覚が、一体何なのかが柚梪には全く分からなかった。


「うーん、ちょっと夜ご飯食べ過ぎちゃったのかな………? そんなに食べてないと思うんだけど………」


 柚梪は首を傾げて疑問を浮かべる。


 きっと何かの思い込みだと判断して、柚梪は俺に極力寄り添いながれ寝転がって、再び眠りについたのだった。


☆☆☆


 翌朝、いつも通りに朝起きて朝食を作る柚梪。


 ソファには仕事に行く支度を済ませた俺が座っており、テレビでニュースを見ていた。


「………?」


 まな板の上で野菜を切っている最中、柚梪は手の動きをピタッと止めて、包丁を置いてエプロン越しにお腹に右手を添える。


 夜中に感じた何かの違和感が、朝になった今でも時々感じるのだ。まれにほんの僅かな痛みも感じる。


「………なんだ? 今日は夕方から降水確率70%もあるのか。傘を持って行くか………ん? 柚梪、どうかしたか?」


 天気予報を見終わった俺は、テレビのリモコンを持ってテレビの電源ボタンを押し、テレビを切ったと同時に柚梪の居るキッチンへ視線を向けた。


 柚梪は手を止めて何やらボーッとしているように見えた俺は、少し心配になりながら柚梪に声をかけた。


「………それが、お腹に何か変な感じがして」

「変な感じ?」


 俺はソファから立ち上がると、柚梪の所へ歩み寄った。


「なんか、そんなに多くはないんですけど………時々痛みも感じて、ご飯を食べ終わった時のようにお腹の中が膨らんでいる感じと言うか………引っ張られている? かのような………」


 一生懸命俺に説明をしようとするが、どう言葉にしたら良いか分からない柚梪は、曖昧な説明になってしまう。


 けど、いつもとは違う何かを感じていると言う事実はちゃんと伝わっている。


「辛いのか?」

「いえ………苦しいとか辛いとかは無いんですよ。普通に元気ですし、動けますよ」


 どうやら体調が悪いと言う訳ではないようだ。それが分かっただけで、少し安心した。


「あ、すみません………朝ご飯、すぐに作りますね」

「あぁ、でも………くれぐれも無理はするなよ?」

「はい。分かってます」


 柚梪はそう言うと、『心配してくれてありがとう』と言わんばかりに、ニコッと微笑む。


 それから数十分後、柚梪はしっかりと美味しい朝ご飯を作り終え、2人で会話を挟みつつ美味しく頂いた。


 少し時間があった俺は、食器洗いを手伝ってから玄関へと向かった。


「んじゃ行ってくる。遅くなるのは今日までだと思うけど、万が一何かあったら………すぐに電話するんだぞ」

「はいっ、分かりました。いってらっしゃい。龍夜さん」

「おうっ、行ってきます」


 柚梪に見送られながら、俺は家から出て行った。


 それから柚梪は、お手洗いを済ませるためリビングには戻らずにそのままトイレへと向かった。


 お手洗いを済ませている間、柚梪は夜中に起きた時の事を思い返していた。


「何か安心する温もりを感じるって思ってたら………龍夜さん、私の事を抱きしめてくれてたんだ………。嬉しいなぁ………♡」


 柚梪からすれば、例え俺が自然と寝返りをしてたまたま柚梪を抱きしめた状態であったとしても、『無意識』に柚梪を求めていたと言う解釈になっていた。


 肝心の俺はと言うと、柚梪を抱きしめた記憶は全くない。


 ここ最近は残業ばかりで柚梪は構って貰えず、また俺が疲れている事から甘える事も出来なかった。


 愛情を注いで貰いたくて仕方なかった柚梪にとって、たまらないくらい嬉しい事だった。


「龍夜さん、今日まで忙しいって言ってから、明日からは甘えられるかな? 早く明日にならないかなぁ♡」


 柚梪はすっかりお腹の違和感など忘れて、ウキウキの状態に仕上がっていた。


 やがてお手洗いを済ませ、便器から立ち上がる。下着を履いて水を流そうとトイレに付いているレバーを下ろす為、クルっと180°右回転する。


 すると、便器の底の部分がふと視界に入ったとたん、柚梪のレバーに向かって伸ばした手の動きがピタッと止まったのだ。


 何かを見た柚梪は、少し戸惑いの表情を浮かべる。


「………え? これって………血?」

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