第18話 妊娠の可能性

 夕方17時。冷えピタをおでこに貼り付けた柚梪は、未だにソファへ寝転がってぐっすりと眠っており、俺は洗濯物を畳んでいた。


 スヤスヤと眠る柚梪にふと視線を向けてみれば、赤かった顔が元に戻ってきていた。やはり、無理をさせてまで病院に連れて行かなかった選択は、間違いではなかったのかもしれない。


「………だいぶ外も暗くなってきたな。そろそろ電気をつけておくか」


 洗濯物を畳む手を一旦止めて立ち上がると、リビングの出入口に向かう。


 カチッとスイッチをONにすると、リビング全体を明るい光が照らし始めた。それと同時に、柚梪が目を細めながら起きてしまった。


「んっ、んん~………?」

「すまん柚梪。起こしちまったか」


 ゆっくりと体を起こす柚梪に俺は歩み寄って、柚梪の隣に腰を下ろした。


「どうだ? まだ具合は悪いか?」

「………いえ、お昼よりかはだいぶ良くなったと思います。頭痛も無くなってますし」

「そうか、ならよかった。熱を計ってみようか」


 体温計を手に取った俺は、体温計を起動して柚梪に手渡すと、柚梪は左肩を露出させ脇に体温計を挟んだ。


 ピピピ……ピピピ……ピピピッと体温計から音が鳴り、結果を見てみると………そこには37.4℃まで下がっていた。


「おお、だいぶ下がったじゃないか。無理して病院に行かなくて正解だったのかもな」

「………そうですね。まだ、体自体は重たいですけど」


 この調子なら、明日の朝には治っているかもしれない。そう感じた俺は、ほっと一安心。


「あっ、そうだそうだ。柚梪が起きたら言おうと思ってた事があるんだ」

「………はい。なんでしょうか?」


 俺の言葉に対して、柚梪は25°ほど首を横に傾げた。


 俺が柚梪に言おうとしている事は、今日のお昼にスマホで調べた事だ。確実とは言えないが、言っておく事に損はないと思う。


「柚梪、急に柚梪が体調を崩した原因をお昼に調べたんだけどさ………もしかしたら、柚梪は妊娠してるのかもしれねぇんだ」

「………!!」


 それを聞いた柚梪は、大きく目を見開いて驚きの表情を浮かべる。


「妊娠って………龍夜さんとの赤ちゃんが、私のお腹の中に居るって事ですか………?」

「絶対とは断言出来ないけど、柚梪に出た症状と………妊娠して0~3週間の間に起こる症状がほぼほぼ同じなんだ」


 柚梪は驚きながらも、自分のお腹に視線を向けて、両手を優しく添えた。


 まだ完全に妊娠しているとは限らないが、柚梪のお腹の中には、新しい命が誕生している可能性がある事に、柚梪は声が出ないようだ。


「突然発症した高熱は、柚梪の体が赤ちゃんを育てる準備を始めている証拠だと思う」

「あの、私が妊娠しているって分かるのは………いつくらいになるんですか?」

「確か………5週間くらいからだった気がするぞ」


 そこまで詳しく読んでいなかったから、また後で確かめておくとしよう。


「とにかく、妊娠の可能性があるから………くれぐれも無理な事はしないでくれよ。いつでも俺を頼ってくれ」

「はい………ありがとうございます」


 柚梪は再び自分のお腹に視線を向け、両手で優しくお腹を撫でる。完全に妊娠したと言う訳ではないのだが、それでも妊娠の可能性がある事にとても喜んでいる様子だ。


 そんな柚梪を見た俺は、少し柚梪と距離を詰めて、左手を柚梪の左肩に添えて、優しくグイッと抱き寄せる。


「妊娠、してるといいですね」

「あぁ、そうだな」


 2人で肩を寄せ合いながら、柚梪のお腹に視線を向ける俺達の姿は、まさに夫婦そのものだった。


☆☆☆


「龍夜さん、1つ………わがまま言っていいですか?」

「ん? なんだ?」


 熱がある程度下がって、元気を取り戻しつつある柚梪が、俺にある『わがまま』を言いたいと言う。


「私、お腹が空いちゃいました♡」

「………全く、そんな嬉しそうな顔で言うなよ」


 未だに両手でお腹を撫でる柚梪は、ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべながら、そう要求してくる。


「まずは洗濯物を片付けてからだ。ご飯はその後。柚梪はまだ熱があるんだから、休んでおくよーに」

「はーい♡」


 全く、妊娠しているとは限らないのに、まるで赤ちゃんがすでに宿ってるかのように喜んでいるじゃないか。


 だが、俺としても………あの柚梪のお腹の中に、赤ちゃんが出来ている事を祈りたい。愛する柚梪との子供なのだから、早く見てみたいに決まっている。


「あー、それから柚梪。もし本当に妊娠していたら、今後も症状が出てくると思うから、熱が下がってもあまり無理に家事はするなよ」

「はい。分かりました♡」


 いつ、どんな事が起きるか分からないからこそ、俺は柚梪に注意を呼び掛ける。


 やがて洗濯物を片付けて、少し味を変えたおかゆを作って柚梪に食べさせる。同じ味だったら、さすがの柚梪も飽きてしまうだろう?


 お昼は食欲がないと言って、何も食べなかった柚梪だが、夕食はしっかりと完食。むしろ、おかわりを要求してくるほどだった。


 一時期はどうしたものかと悩んでいたが、特に重たい病気とかじゃないようで、俺は一安心した。


 そして、可愛い嫁である柚梪のお腹に、赤ちゃんが宿っている事を………心の底から願っている。

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