第8話 三空母被弾

 伊澤艦長は悔しさと少しばかりの安堵が入り混じった複雑な気持ちで「祥鳳」上空をパスしていく三〇機あまりの編隊と同じく二〇機足らずのそれを見送っていた。

 彼らから見れば最も手近な目標であったはずの「祥鳳」には一切目もくれず、三〇機あまりの編隊は同艦の前をいく「加賀」に、二〇機足らずの編隊は横を行く「翔鶴」に殺到する。

 確かに、「加賀」や「翔鶴」と「祥鳳」では全長も全幅も親子ほどの差があるが、それでも一部の機体はこちらに向かってきてもよさそうなものだと伊澤艦長はついそう思ってしまう。

 小さいがゆえに侮られ、そのことで「祥鳳」が助かるのであれば皮肉以外の何物でもない。


 それでも伊澤艦長は気を取り直し、それぞれ四基ずつ装備された一二・七センチ連装高角砲と二五ミリ三連装機銃で「加賀」と「翔鶴」を守るよう命令する。

 もちろん、この程度の対空火器で有効な弾幕など形成出来るはずも無いが、それでも何もやらないよりはよっぽどマシだ。


 その「祥鳳」の前を行く「加賀」を攻撃したのは「エンタープライズ」から発進した三二機のSBDドーントレス急降下爆撃機だった。

 狙われた「加賀」は必死の回頭でSBDの攻撃から逃れようとする。

 しかし、的が大きいうえに二八ノット程度の速力では三〇機を超えるSBDが投じる爆弾をすべて回避することなど、相手がよほどの下手くそでもない限りは不可能に近い。


 その「加賀」にとって不幸だったのは最初の被弾が艦橋至近であったことだ。

 そのことで艦長をはじめとした幹部たちを一度にやられてしまった。

 艦の頭脳ともいえる枢要メンバーを失い、ただ直進するたけとなった「加賀」は回避もままならず次々に被弾、短時間のうちに五発もの直撃弾を浴びてしまう。


 一方、一七機のSBDからなる「ヨークタウン」隊の攻撃を受けた「翔鶴」は三四ノットの韋駄天を生かして必死の回避を図る。

 だが、米空母航空隊の中でも屈指の練度を誇る「ヨークタウン」爆撃隊の魔手から逃れることは出来ず艦の前部と中央、それと後部に合わせて三発食らってしまう。

 SBDが投じる一〇〇〇ポンド爆弾の威力は強烈で、「翔鶴」の飛行甲板は破壊の衝撃によって波打ってしまった。


 わずかに遅れてやってきた「レキシントン」隊は最後の大物である「赤城」を狙う。

 「レキシントン」隊にとって不幸だったのは、「エンタープライズ」隊や「ヨークタウン」隊よりも少しばかり攻撃が後になってしまったことだ。

 そのことで、上昇性能に優れた零戦の一部が迎撃高度にまで上がることが出来、三四機あったSBDのうちの半数近くがその阻止線に引っ掛かり投弾前に撃退されてしまった。

 しかし、残る半数は不屈の闘志で「赤城」に攻撃を敢行、同艦に三発の爆弾を叩き込んだ。

 被弾した「赤城」は炎上するとともに離発着能力を完全に喪失してしまう。


 最後にやって来たのは「ホーネット」隊の三五機のSBDだった。

 日本艦隊の発見に手間取り、ようやくのことで戦場上空に駆けつけた時にはすべての零戦が高空に位置していた。

 「赤城」と「加賀」、それに「翔鶴」を傷つけられた零戦搭乗員の怒りはすさまじく、SBDに体当たりするかのごとく肉薄しては次々に二〇ミリ弾や七・七ミリ弾を撃ち込んでいく。

 護衛の戦闘機も無い中で同数以上の零戦に取り付かれてはSBDもたまったものではない。

 多くの機体が爆弾を捨てて遁走を図るが、それでも零戦は執拗に食らいつき、次々にSBDを撃ち墜としていく。

 そしてそれは、最後の一機が見えなくなるまで続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る