第2話 多目的空母

 MO作戦が中止となったことで「祥鳳」は第四艦隊から一時的に第一航空艦隊の指揮下に入ることになった。

 「瑞鶴」が機関故障を起こしたことで次期作戦の先鋒を務める一航艦の戦力が低下、その苦境を「祥鳳」を組み込むことで少しでもいいからその補いをつけようという意図だった。

 それに関連し、一航艦の草鹿参謀長が説明のために「祥鳳」を訪れていた。


 「『祥鳳』の艦上機をすべて降ろし、その代わりに五航戦の搭乗員と機体を載せて次期作戦に臨んでいただきたい」


 挨拶や社交辞令もそこそこに、いきなり本題を切り出してきた草鹿参謀長に伊澤艦長は口を差しはさまず目でその続きを促す。


 「別に艦長や飛行長を批判するつもりはないのですが、やはり五航戦と『祥鳳』飛行隊とでは技量に無視できない差があります。MI作戦では米機動部隊との激突が予想されますので、こちらも可能な限り戦力を充実させておきたいのです。

 それと、五航戦には『瑞鳳』や『春日丸』といった小型空母から転属してきた搭乗員が多くいますので、主にそういった経験者を『祥鳳』に一時転属させます。現在のところ零戦が一八機に九七艦攻九機を予定していますが、今後の状況次第で多少の増減はあるかもしれません」


 「つまりは、『祥鳳』もまた他の五隻の空母とともに米機動部隊と干戈を交えることが出来るわけですな。しかし、『祥鳳』は魚雷を積んでおりませんので、配備するのであれば九七艦攻ではなく九九艦爆のほうが適当ではないかと思うのですが」


 MO作戦における船団護衛とは違い、「祥鳳」は帝国海軍最強の第一航空艦隊の一翼を担って米機動部隊との決戦に臨む。

 作戦を前に「祥鳳」から降ろされる搭乗員たちには申し訳ないが、それでも伊澤艦長は自身の中に滾るものを感じずにはいられない。

 喜色を浮かべる伊澤艦長に、だがしかし草鹿参謀長は言葉を飾らず事実だけを伝える。


 「艦長には期待させてしまって申し訳ないのですが、『祥鳳』はミッドウェー基地空襲にも敵機動部隊の攻撃にも参加しません。『祥鳳』に配備される零戦隊は艦隊上空直掩、九七艦攻隊は索敵あるいは対潜哨戒に従事してもらうことになっています」


 この言葉で、伊澤艦長はなぜこの忙しい時期に一航艦のナンバーツーの地位にある草鹿参謀長がわざわざ自分のところにやってきたのかを悟る。

 大佐である自分を納得させようと思えば、同格以上の者がその説得にあたったほうがいい。

 それは、伊澤艦長自身が感じた落胆の大きさからも分かる。

 性格によっては、激昂する艦長だっているかもしれない。

 それと、一航艦司令部で大佐以上の階級は南雲長官を除けば少将である草鹿参謀長を置いて他にはない。

 他の中佐や少佐の参謀では伊澤艦長にこのことを納得させる、あるいは一航艦司令部の意を周知させるには明らかに貫目不足だ。

 もちろん、正式な命令なのだから最終的には伊澤艦長はそれに従わなければならない。

 だが、それでも南雲長官としては可能な限りこちらが納得したうえで作戦に臨んでほしかったのだろう。

 だから、こちらに礼を尽くすという意味でも少将という重鎮を説得に送り込んできた。

 出来る限りの配慮をされた以上、こちらも大人気無い対応は出来ない。

 あるいは、それも計算してのことだろうか。


 「分かりました。『祥鳳』は雑用空母として本分を尽くします」


 そうこたえる伊澤艦長に、草鹿参謀長は明らかに安堵した様子を見せるが、一方で訂正も忘れない。


 「艦長は『祥鳳』のことを雑用空母と言われるが、そうではありません。むしろ、多用途空母あるいは多目的空母のほうが意味合いとしては正しい。英語で言うところのマルチパーパス・エアクラフト・キャリアーといったところですな」


 苦笑を漏らしながらの草鹿参謀長の言葉に伊澤艦長の脳裏にとある言葉が浮かぶ。


 「ならば、海軍流に言葉を短縮、あるいは略語化すれば本艦はさしずめ『マルチ祥鳳』ということになりますな」


 言いにくいことを正直に言ってくれた草鹿参謀長に対し、場を和らげる意味もあって伊澤艦長は脳内に閃いた言葉をそのまま口から吐き出す。

 伊澤艦長の単なる思い付きは、しかし草鹿参謀長の琴線に触れたようだった。


 「語呂はともかく語感はなかなか良いですな。では、私のほうでも『祥鳳』は雑用空母では無く『マルチ祥鳳』だと喧伝しておきましょう。なにせ、攻撃任務に対して上空直掩や索敵、あるいは対潜哨戒を一段低く見る粗忽な連中が一航艦にも少なからず居りますからな。そういった連中に洋上防空や敵情を正確に知ることの大切さを再認識してもらうためにも、きっと『マルチ祥鳳』は役に立ってくれることでしょう」

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