マルチ祥鳳 ~改造小型空母奮戦録~

蒼 飛雲

マルチ祥鳳 ~改造小型空母奮戦録~

ミッドウェー海戦

第1話 MO作戦中止

 昭和一七年五月六日

 ショートランド泊地



 「MO作戦は中止と決まった」


 通信長自らが持参した電文用紙に目を通した「祥鳳」艦長の伊澤大佐はその内容を声に出して艦橋にいる幹部らに周知する。

 内心に芽生えた安堵の感情が表に出ないよう、平坦な声音と表情を装うことに努めながら。


 「『瑞鶴』が機関故障を起こしたのですか・・・・・・」


 伊澤艦長から手渡された電文用紙を飛行長に渡しつつ、機関長が重苦しい声でつぶやく。

 同じ機関に責任を持つ立場として、「瑞鶴」の機関トラブルは他人事とは思えないのだろう。


 「機関長に尋ねるが、『瑞鶴』の機関故障について何か所見のようなものはあるか」


 伊澤艦長からの大雑把な、だが直截な問いかけに機関長は少し考える。

 もちろん、伊澤艦長もいくら機関長がエンジンのスペシャリストであるからといって、この電文の内容だけで「瑞鶴」の機関に何が起こったのかが分かるとは思っていない。


 「あくまで想像ですが、『瑞鶴』は開戦から五カ月近く、東はハワイから西はインド洋まで働き詰めでした。多忙過ぎる同艦は、おそらく十分な整備の時間が取れなかった。それと、『瑞鶴』は本来であれば竣工は今年のはずだったと思います。つまり、完成を急いだうえに長期にわたって酷使され続けた結果、そのひずみあるいは人間で言うところの疲労がここにきて一気に噴出してしまったのかもしれません」


 機関長が言うように、「瑞鶴」は姉妹艦の「翔鶴」より半年近くも起工が遅かったのにもかかわらず、一方で完成は一月半余り遅れた程度だ。

 「翔鶴」でさえ相当に完成を急いだのだから、「瑞鶴」のほうはそれこそ超特急と超突貫でなければ開戦前に戦力化することなどとてもではないが出来なかったはずだ。

 そして、造船関係者らの努力と献身の甲斐あって、「瑞鶴」は真珠湾攻撃に間に合い武運に恵まれた。

 だが、一方でその幸運とは裏腹にあらゆる面で無理を重ねた結果、機関故障に至った。

 人間で言えば、働き者の新入社員が過労で心臓を悪くしたようなものなのかもしれない。

 機関長の見立てが果たして正解なのかどうかは伊澤艦長には分からない。

 しかし、その予想は当たらずと雖も遠からずといったところではないか。


 その伊澤艦長はMO作戦に関して言えば表立っての反対こそしなかったが、どちらかと言えば批判的な立場だった。

 MO作戦については、伊澤艦長としては「祥鳳」を五航戦に組み込んでもらったうえで作戦に臨みたかった。

 戦力が貧弱な「祥鳳」が単独行動したところで出来ることはしれている。

 しかし、第四艦隊司令部は輸送船団の安全こそを重視しており、「祥鳳」が五航戦に組み込まれることはなく伊澤艦長の願いはかなわなかった。


 それならばと、今度は飛行長が「祥鳳」を輸送船団から分離させ、行動の自由を確保できるよう司令部に求めた。

 鈍足の輸送船団と足並みを揃えての行動はあまりにもその掣肘が大きすぎる。

 だが、これも船団の将兵が安心できるよう、彼らから見える位置にいるようにと言われて却下される。


 伊澤艦長が願った五航戦との共同戦線はかなわず、飛行長の正論も感情論によって封殺される。

 このようなことが積み重なって「祥鳳」艦内では口にこそ出さないものの、MO作戦に対する不満や第四艦隊司令部に対する不信が高まっており、それほど士気は高くなかった。

 そもそもとして、ポートモレスビーという敵の要衝に、しかも米機動部隊が蠢動している中にあって「祥鳳」と五航戦だけで殴り込みをかけるのは無謀以外の何物でもないと伊澤艦長は考えている。

 制空権獲得の要となる戦闘機は「祥鳳」と五航戦を合わせてもせいぜい五〇機程度でしかないのだ。

 これでも当初計画より戦闘機戦力が増強されているというのだから、呆れるしかない


 (あるいは、『祥鳳』は『瑞鶴』の故障のおかげで命拾いしたのかもしれんな)


 突然、胸中に湧きあがってきたそんな思いに、伊澤艦長は自分がいかに今回の作戦に悲観的だったのかを再認識する。

 だが、そのことは心の片隅に追いやり成すべきことを指示していく。

 作戦が中止になったからと言って、艦長の仕事が無くなるわけではなかった。

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