第31話 新艦長
「ミッドウェー海戦に第二次ソロモン海戦、それに珊瑚海海戦と米軍は三度続けて我々に機動部隊をぶつけてきた。そのうちミッドウェー海戦は待ち伏せ、珊瑚海海戦に至っては絶妙のポジション取りからのそれだ。
一度や二度ならばともかく、三度までもこのようなことが起こるのは決して偶然では無い。考えられるのは日本軍の中枢に敵のスパイがいるか、あるいは暗号が破られているかのいずれかだ。
嶋田大臣や永野総長、それに山本長官が敵国のスパイとは考えられん。そうなれば、消去法で暗号の解読となる。俺にはよく分からんのだが、第三艦隊司令長官の小沢さんはミッドウェー海戦の結果を受けて暗号が米軍に解読されているとおっしゃっていた。初めて聞いたときは正直与太話の類かと思ったが、しかし珊瑚海海戦で俺は確信した。小沢さんの言う通り、日本軍の暗号は間違いなく米軍に解読されている」
「祥鳳」艦長の引継ぎの際に伊澤大佐が言っていた言葉が森下艦長の脳裏によみがえってくる。
「だからこそ、まずは何を置いても敵の先制発見だ。『祥鳳』は索敵や上空警戒、さらには対潜哨戒といった通常任務に加えて囮や弾避けまでこなしてきた。まさに『マルチ祥鳳』だ。そして、これらの中において何よりも大切なのは索敵だ。暗号解読による敵の待ち伏せ、つまりは敵の襲撃は決定事項なのだからこちらも殴り返す相手を早急に見つけなければ話にならん」
昨年、帝国海軍はミッドウェー海戦と第二次ソロモン海戦、それに珊瑚海海戦の三度にわたって米機動部隊と洋上航空戦を演じた。
六月に行われたミッドウェー海戦では「加賀」が撃沈され「赤城」と「翔鶴」が撃破された。
八月に生起した第二次ソロモン海戦では「飛龍」と「蒼龍」が飛行甲板を破壊され、「祥鳳」の姉妹艦である「瑞鳳」もまた被弾した。
昭和一七年最後の戦いとなった珊瑚海海戦では「赤城」と「翔鶴」が再び傷つき、機動部隊同士の戦いに初めて参陣した「瑞鶴」もまた一〇〇〇ポンド爆弾の洗礼を浴びた。
だが、日本の空母の中でただ一隻これら三度の海戦にすべて参加し、そして無傷で生還したものがあった。
「マルチ祥鳳」という二つ名を持つ潜水母艦改造の「祥鳳」だ。
ミッドウェー海戦と珊瑚海海戦では敵機動部隊を発見する殊勲を挙げ、第二次ソロモン海戦ではガダルカナル飛行場を撃破するとともに困難な囮任務を成し遂げた。
その「祥鳳」は今では武勲艦あるいは幸運艦との評判とともに帝国海軍内でその名を轟かせている。
それは「祥鳳」に配属されてくる将兵の態度を見れば明らかだ。
例えば、正規空母から小型空母に転属となれば、搭乗員であれ整備員であれ格落ちあるいは都落ちと言って嫌がるのがふつうだ。
しかし、「祥鳳」に限って言えばそのようなことは無い。
誰もが、この不沈の幸運艦に配属されたことを喜んでいるし、実際森下艦長に着任の挨拶に来た士官たちは誰もがその表情に喜色をたたえていた。
そして、帝国海軍上層部も「祥鳳」の実績あるいは有用性を認めたのだろう。
小型空母にもかかわらず優秀な人材を優先的に回してくれている。
そして、それらかけがえのない将兵の命を森下艦長は預かっている。
もちろん、森下艦長も前職では軽巡洋艦「川内」の艦長を務めていたのだからその重責は重々承知している。
だが、「川内」の二倍近い乗組員を抱える「祥鳳」は二倍責任が重いと言えるし、現状の任務を考えればそのプレッシャーは「川内」艦長だったころの数倍は増えたように感じる。
そんな森下艦長のもとに飛行長から索敵機発進完了の報告がもたらされる。
発艦事故やあるいは発動機の不調に陥る機体もなく、すべての機体が順調に高度を上げてそれぞれの索敵線に散開していったとのことだった。
「索敵機が無事発進した、それと敵艦隊を発見したという報告を受けた時が一番ほっとするよ。なにせ、それこそが『祥鳳』の本分だからな」
伊澤艦長がしみじみ語っていた言葉が森下艦長の脳裏に蘇ってくる。
確かにその通りだった。
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