第32話 日英航空戦

 戦争における情報の重要性をどの国よりも知悉する英海軍と、最近になってようやくそのことを理解し始めた帝国海軍はともに索敵機の出し惜しみをするような真似はしなかった。

 東洋艦隊は「フォーミダブル」と「イラストリアス」からそれぞれ三機、「インドミタブル」から八機の合わせて一四機のターポンが発進、日本艦隊の姿を求めて北東から南東に一四本の索敵線を形成した。

 さらに一時間後には索敵第二段として同じく一四機のターポンを出している。


 一方、第三艦隊のほうは「祥鳳」と「瑞鳳」からそれぞれ九七艦攻が四機、さらに「利根」と「筑摩」から零式水偵がそれぞれ二機の合わせて一二機がこちらは北西から南西に向けて飛び立っていった。

 第三艦隊もまた東洋艦隊と同じく二段索敵を採用しており、第一段と同じく八機の九七艦攻と四機の零式水偵が第一陣の後を追うようにして飛び立っている。

 日英合わせて五二機にも及ぶ索敵網は完全に機能し、ほぼ同時に互いがそれぞれ殴り合う相手を発見することとなった。


 「『イラストリアス』級装甲空母が、しかも三杯か。英海軍もずいぶんと張り込んできたものだな」


 索敵線の中央付近を飛んでいた「祥鳳」二号機がもたらした情報に森下艦長が感心したようにつぶやく。


 「空母だけではなく戦艦もまた六隻発見されています。しかもそのうちの二隻がビッグセブンの『ネルソン』級なのですから気合が入っています。それだけ英国にとってインド洋は大切な場所なのでしょう」


 森下艦長のつぶやきに、航海長もまた感心の表情を浮かべながら同意の言葉を紡ぐ。

 そんな二人の会話の最中、艦橋に轟音が飛び込んでくる。

 暖気運転を続けていた機体が発艦を開始したのだ。


 今回、「祥鳳」の零戦は敵艦隊への攻撃に参加する。

 その攻撃隊は「隼鷹」と「飛鷹」からそれぞれ零戦三機に九九艦爆が一八機、それに九七艦攻が九機。

 「龍驤」と「龍鳳」からそれぞれ零戦九機に九七艦攻が六機。

 「祥鳳」とその姉妹艦である「瑞鳳」からはそれぞれ零戦九機の合わせて一〇八機。

 それら機体は甲部隊と乙部隊の中間海域の上空で集合した後、英艦隊に向けて進撃を開始することになっていた。


 その頃には東洋艦隊A部隊の空母からも艦上機が次々に飛行甲板を蹴って大空へと舞い上がっている。

 「インドミタブル」と「フォーミダブル」それに「イラストリアス」の三隻の装甲空母からそれぞれマートレット一二機にターポン一八機の合わせて九〇機。

 マートレットはF4Fワイルドキャット戦闘機、ターポンはTBFアベンジャー雷撃機のことで、そのいずれもが米国製の機体だ。


 本来であれば、ソマーヴィル提督をはじめ東洋艦隊の指揮官はその誰もが英国製の機体をもって日本艦隊と戦いたかった。

 だが、性能はともかく信頼性と稼働率においては米国製の機体のほうが英国製のそれよりも頭一つリードしている。

 本国から遠く離れ、整備能力に限界がある東洋艦隊にとって信頼性というファクターは何より重視しなければならない性能のひとつだ。

 それと、上層部の思いとは裏腹に、米国製の機体に対する搭乗員たちの評判は悪くなかった。

 英国のシーハリケーンにせよシーファイアにせよ、もともとは陸上戦闘機だったものを無理やり艦上戦闘機にでっち上げたものだ。

 当然ながら離着艦の容易さにおいては最初から艦上機として開発されたF4Fに軍配が上がる。

 事故による損耗が許されない東洋艦隊だからこそ、この要素もまた大きかった。


 その日英の攻撃隊は航路や高度の微妙なズレあるいは雲の気まぐれなどによって互いに相手を視認することなく目標とする艦隊を目指す。

 日英合わせて一九八機の攻撃隊は、そのいずれもが迎撃戦闘機のありがたくない歓迎を受けることになる。

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