第47話 夜戦志向
米艦隊の動きは分かりやすかった。
損傷艦だらけの機動部隊の残存艦艇は南下を続けている。
おそらく豪州のどこかの都市の港に向かっているのだろう。
設備の整った港湾で応急修理を施し、しかる後にハワイあるいは米本土に戻るのではないか。
一方、水上打撃部隊のほうは北西にその舳先を向けている。
ポートモレスビーのある方角だ。
その水上打撃部隊はポートモレスビーの戦闘機隊の傘の下で日本艦隊を迎え撃ち、つまりは徹底抗戦するつもりなのだ。
ここで米艦隊が尻尾を巻いて逃げ出すようなことがあれば、豪州はかなりの確率で日本との単独講和に応じる。
そうなれば対日戦略は大幅な見直しを余儀なくされ、つまりは戦争が長引く。
このことは、世論が政治に大きな影響を与える米国としては極めて望ましくない状況だ。
米軍の動きに対し、第二艦隊司令長官の近藤中将は夜戦を企図する。
本来であれば、空母艦上機によって米水上打撃部隊にダメージを与え、しかる後に第二艦隊の水上艦艇を突っ込ませたいところではあった。
しかし、米機動部隊との戦いで対艦打撃能力を持った九九艦爆や九七艦攻の稼働機はすでに三〇機を割っておりたいした戦力には成りえない。
無理をして出撃させてもこの程度の少数機では被害ばかり大きくて戦果は寡少になることは目に見えている。
特に米新型戦艦の対空能力は驚異的であり、下手をすれば全滅もあり得た。
昼戦は制空権を獲得したことで観測機が使える日本側が有利だ。
しかしそれは戦力が拮抗している場合の話であり、いくら観測機が使えようとも四隻の「金剛」型戦艦で同じ数の米新型戦艦と渡り合うというのはさすがに無謀が過ぎる。
そうなればあとは消去法で夜戦しかない。
夜戦になれば砲戦力の不利を水雷戦力で補うことが出来る。
第二艦隊の巡洋艦や駆逐艦が装備する九三式酸素魚雷の威力は破格であり、米国の新型戦艦といえどもこれを複数食らうと確実に戦力を喪失する。
そのうえ、酸素魚雷は航跡が目立たないから夜の闇とも相まってその隠密性は抜群だ。
しかも、第二艦隊の駆逐艦はそのすべてが魚雷戦特化型と言ってもいい甲型駆逐艦で固めてある。
これで夜戦をやらずに本土に戻ることがあれば、さすがに近藤長官はその責任を問われるだろう。
一方、米水上打撃部隊である第一五任務部隊司令官のリー提督もまた第二艦隊の挑戦を堂々と受けて立つつもりだった。
そもそもとして、リー提督に避退のオプションは無い。
もし、自分たちが日本の水上打撃部隊との戦いを避けて逃げ出すようなことがあれば、ポートモレスビーは日本の戦艦の艦砲射撃によって火の海にされるだろう。
そうなれば、米軍の弱腰に幻滅した豪州は戦争から退場するかもしれない。
だが、一方でリー提督の表情に焦燥の色は無い。
リー提督としては、夜戦は望むところだからだ。
なにより、夜戦であれば観測機を使えない不利は帳消しになるし、そのうえ電子兵器の優位が生かせる。
アリューシャンの戦いにおける霧の存在が米軍に味方しているように、夜の闇もまた電子戦装備に優れた米側に勝利をもたらすだろう。
戦艦以外の戦力も特に不安は無い。
巡洋艦戦力では米側が劣るものの、逆に駆逐艦のほうは数的優位を確保しているし、どの艦も最新鋭の「クリーブランド」級か「フレッチャー」級だ。
速射性能の高い六インチ砲を持つ「クリーブランド」級と一〇線にも及ぶ魚雷発射能力を持つ「フレッチャー」級は夜戦でもそのポテンシャルを遺憾なく発揮してくれるはずだ。
互いに夜戦を自軍の利と考える近藤長官とリー提督に戦いを避ける意思は皆無だ。
そうなれば激突は必至。
日本側二五隻、米側二四隻。
ほぼ互角の両軍が激突するまで、さほど時間は残されていなかった。
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