第48話 夜戦開始
とかく乱戦になりがちな夜戦において、なによりも重要なのは敵の奇襲を受けないことだ。
もちろん、これは夜戦に限ったことではない。
しかし、視界の利かない夜間に奇襲を食らえば、敵の攻撃だけでなく混乱した味方からも撃たれるはめになる。
古今東西、味方撃ちほど恐ろしいものはない。
これがまた、意外に良く当たるのだ。
そこら辺りは第二艦隊司令長官の近藤中将も心得たもので、前方警戒それに側方警戒に力を入れ、それぞれ二隻の駆逐艦を配置している。
さらに、第三艦隊に頼んで夜間着艦が出来る技量優秀な搭乗員が駆る九七艦攻を前路哨戒に出してもらうことで万全を期していた。
日没から数時間後、第二艦隊の前方一五〇〇〇メートルの海面上空にほの明るい光が灯る。
前路哨戒の零式水偵かあるいは九七艦攻が米艦隊を発見、照明弾を投じたのだ。
同時に海面から上空に向けて多数の火箭が立ち上るのが遠望される。
所在を暴露した米艦隊が我慢の必要が無くなったとして零式水偵もしくは九七艦攻に撃ちかけているのだろう。
「合戦準備! 各戦隊は所定の手順に従って米艦隊を攻撃せよ」
近藤長官の命令に第二艦隊の二五隻の艨艟たちが動き出す。
先頭に第二艦隊旗艦の「愛宕」、その後ろに姉妹艦の「高雄」が控え、さらに第五戦隊の「妙高」と「羽黒」、そして殿の位置には四隻の「金剛」型戦艦がその威容を暗闇の中に浮かべている。
第七戦隊の「熊野」と「鈴谷」それに「最上」と「三隈」が戦艦列の脇を固めるようにして並進する。
「阿賀野」率いる水雷戦隊が前方警戒それに側方警戒にあたっていた四隻の駆逐艦を組み入れると同時に突撃モードに移行する。
真っ先に動いたのは八隻の重巡だった。
「愛宕」と「高雄」、それに「妙高」と「羽黒」が舳先を傾けそれぞれ八本、四隻の「最上」型重巡のほうはそれぞれ六本の酸素魚雷を照明弾の落下した海面へ向けて発射する。
雷速を抑えれば四〇〇〇〇メートルの射程を誇る九三式酸素魚雷にとって一五〇〇〇メートルというのは十分に有効射程圏内だ。
日米双方が反航する形になっているから、さらに距離は縮まる。
これによって、低いと言われる遠距離雷撃の命中率もある程度はマシになるはずだ。
その頃には「阿賀野」と一二隻の甲型駆逐艦もまた魚雷の発射を終えている。
各艦ともに八本、合わせて一〇四本の魚雷が八隻の重巡が放った五六本の魚雷と競い合うかのうようにして海面下を馳走する。
先制の第一波魚雷一六〇本を撃ち終えた第二艦隊の各艦は増速、米水上打撃部隊に向かって突撃をかける。
一方、米側の対応も早い。
第二艦隊に向けて多数の星弾を発射、闇に隠れていた第二艦隊の姿をあらわにする。
さすがに夜間にこの距離で徹甲弾や榴弾を撃ちかけてくることは無かったが、しかしそれも時間の問題だろう。
「魚雷と大砲の戦いだな。魚雷が当たればこちらの勝ち、当たらなければこちらの負けといったところか」
全艦が無事に第一波魚雷を発射し終えたという報告に、少しばかり肩の荷を降ろした近藤長官が独り言ちる。
砲戦力では新型戦艦を四隻もそろえている米側が圧倒的に有利だ。
米新型戦艦はそのいずれもが四〇センチ砲を九門装備し、そのうえ防御力も「金剛」型戦艦とは比較にならないくらい充実している。
だが、水雷戦力では明らかに第二艦隊が優越する。
新鋭軽巡「阿賀野」も、甲型駆逐艦も魚雷戦をやるために造られたような艦だ。
それに、八隻の重巡もまたもれなく魚雷発射管を装備し、しかも搭載しているのはいずれもが大射程で威力の大きな酸素魚雷だ。
間もなく、洋上に地獄への扉が開かれるはずだ。
間違いなく何隻かは今夜のうちに沈み、大勢の将兵が今日を命日とすることだろう。
「だからこそ、勝たねばならん。部下たちの犠牲が無駄にならないようにするためにも」
近藤長官はそう決意し、前を見据える。
その視界にまばゆい光が飛び込んでくる。
考えるまでもない。
米艦隊が本格的な射撃を開始したのだ。
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