第49話 酸素魚雷

 米艦隊が砲撃を開始したとき、第二艦隊の八隻の重巡は舳先をわずかに北に振った。

 敵の狙いをそらしつつ、艦上に残された酸素魚雷を発射するためだ。

 「高雄」型と「妙高」型、それに「最上」型はそのいずれもが両舷に魚雷発射管と次発装填装置、それに予備魚雷を備えている。

 右舷側の発射管に装填されていた魚雷は先程の第一波攻撃ですでに使用していた。

 なので、今回は左舷側の発射管に装填された魚雷、八隻合わせて五六本を第二波攻撃として放つのだ。


 乱戦となりがちな夜戦では、当然のこととして相応の被弾が予想される。

 場合によっては互いに機銃を撃ち合う距離にまで接近することさえあるからだ。

 被弾が相次ぐ中で艦内に魚雷を残しておけば誘爆の危険がある。

 実際、戦争が始まって以降の激戦の中で、魚雷の誘爆が原因で沈没に至った艦も少なからずあるのだ。


 発射管内の魚雷をすべて撃ち尽くしてもなお八隻の重巡にはまだ次発装填装置に予備魚雷が残っている。

 しかし、それでも発射管にある分だけでも消費しておけばそれだけ誘爆の危険は少なくて済む。

 一万トンを超える重巡でも複数の酸素魚雷が同時に誘爆すれば戦闘不能になるのは避けられないし、下手をすれば沈没の恐れさえあった。

 そのような剣呑極まりない酸素魚雷を米艦隊に押し付けて身軽になった八隻の重巡は、次発装填装置を使って予備魚雷を発射管に装填しつつ米艦隊との距離を詰めにかかる。


 その最中、米艦隊の中で赤い明滅がわずかに時間差を置いて三つ発生する。

 第二艦隊の八隻の重巡ならびに水雷戦隊が発射した一六〇本の第一波魚雷が米艦隊を捉えたのだ。

 夜間の大遠距離とはいえ、二パーセントに満たない命中率は決して褒められた成績ではないが、しかし効果は甚大だった。


 このうちの一本は新型戦艦「ノースカロライナ」に命中した。

 一番主砲塔横の喫水線下を穿った酸素魚雷は同艦に大量の浸水を生じさせ、少なからず行き脚を奪うとともに一番砲塔と二番砲塔を使用不能に陥れる。


 残る二本の魚雷は「フレッチャー」級駆逐艦の「シャヴァリア」と「ストロング」に命中、「シャヴァリア」は船体を叩き折られて轟沈し、「ストロング」もまたその後を追った。


 敵の隊列の乱れを見てとった第二艦隊の各艦は速度を上げて一気に距離を詰めると同時に砲撃を開始する。

 「比叡」は「サウスダコタ」、「霧島」は「インディアナ」、「金剛」は「ワシントン」と相対し、「榛名」は被雷して傾斜した「ノースカロライナ」に一方的に痛打を浴びせる。


 「愛宕」と「高雄」それに「妙高」や「羽黒」もまた「サウスダコタ」や「インディアナ」それに「ワシントン」や「ノースカロライナ」に二〇センチ砲弾を撃ち込んでいく。

 米新型戦艦の一〇分一の重量でしかない二〇センチ砲弾といえども、上部構造物や非装甲区画であれば十分な破壊力や貫徹力を持ち合わせているし、廃艦所要弾数を超える砲弾を叩き込めば、米新型戦艦をスクラップに変えることも可能だ。


 一方、四隻の「最上」型重巡のほうは同じく四隻の「クリーブランド」級軽巡との殴り合いに臨んでいる。

 「最上」型重巡は二〇センチ砲弾を、「クリーブランド」級軽巡のほうは一五・二センチ砲弾をそれぞれ相手に浴びせている。


 軽巡「阿賀野」と一二隻の甲型駆逐艦は一四隻にまで撃ち減らされた米駆逐艦と対峙している。

 これら日米の駆逐艦部隊は両軍ともに積極的に敵を攻撃するよりも、敵の駆逐艦を友軍の戦艦に近づけさせないことが求められていた。

 そのためたがいに消極的、腰がひけたような戦いになるのは仕方が無かった。


 四九隻あった日米の艨艟たちは早くも二隻が沈み一隻が深手を負った。

 被弾する艦も相次いでいる。

 戦死した将兵は最低でも三桁、場合によっては四桁に迫るかもしれない。

 しかし、これはまだほんの序盤、プロローグにしか過ぎなかった。

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