第50話 新旧の差

 月明かりや星明りが乏しい夜だったのにもかかわらず、戦闘海域は意外に明るかった。

 電測兵器の不利を補うために、零式水偵やあるいは九七艦攻が断続的に照明弾を投下してくれていたからだ。


 そのような中、上空の明かりを頼りに米艦隊と干戈を交える第二艦隊に再び幸運がもたらされる。

 第四戦隊と第五戦隊、それに第七戦隊の八隻の重巡が第二波攻撃として放った五六本の酸素魚雷のうちの一本が戦艦「インディアナ」を捉えたからだ。


 二パーセントに満たない低い命中率は決して満足できる成績ではないが、しかしこの一本が巡洋艦や駆逐艦ではなく戦艦に命中したことこそが大きかった。

 堅牢な防御力を誇る「インディアナ」といえども航空魚雷の三倍近い重量を誇る直径六一センチの九三式酸素魚雷を一本でも食らえば無事では済まない。

 艦首先端から三〇メートルあまり後方に命中した酸素魚雷は喫水線下に大穴を穿ち、少なくない浸水を「インディアナ」にもたらす。

 そのことで速力の衰えた「インディアナ」を躱すために後続の「ワシントン」が舵を切り、そのまま二番艦のポジションにつける。


 米新型戦艦群と対峙していた第三戦隊の側もこれに対応する。

 旗艦の「比叡」は敵一番艦の「サウスダコタ」とそのまま撃ち合っているが、「霧島」は「インディアナ」に代わり二番艦の位置についた「ワシントン」に照準を合わせる。

 逆に「金剛」はその砲身を「ワシントン」から三番艦の位置に後落してきた「インディアナ」に変更し、「榛名」は相変わらず先に傷ついた「ノースカロライナ」をいたぶり続けている。

 三六センチ砲弾それに二〇センチ砲弾をしたたかに浴びせ続けられている「ノースカロライナ」は猛炎を噴きあげ、洋上の松明と化しつつあった。


 夜の戦い、その視界の悪さは現在のところ第三戦隊側に味方している。

 中間距離で戦う昼戦に比べて接近戦となる夜戦であれば、非力な三六センチ砲弾といえども残速が大きいから米新型戦艦の分厚い装甲を食い破ることが出来るし、艦上構造物や砲塔にも同様に大ダメージを与えることが可能だ。

 実際、「比叡」が放った三六センチ砲弾は「サウスダコタ」の三番砲塔を旋回不能に陥れ、すでに同艦の戦闘力の三分の一を奪うことに成功している。


 しかし、夜の接近戦は日本側に一方的に味方したわけではなかった。

 距離が近ければ命中率が上がるのは米側も同様だ。

 まず「サウスダコタ」が自身を傷つけた「比叡」に対して強烈な返礼をする。

 至近距離で放たれた六発の四〇センチ砲弾のうちの一発がよりにもよって「比叡」の二番砲塔横の船体に命中、装甲を紙のように食い破り弾火薬庫に飛び込んだそれは同時に強大な爆発威力を解放する。

 その熱と衝撃が周囲にあった装薬や砲弾を巻き込んでいく。


 いかに戦艦といえども内部からの爆圧には抗しきれない。

 「比叡」は大爆発を起こすと同時に二番砲塔を中心に船体が真っ二つに叩き折られる。

 「比叡」に乗り組んでいた将兵の多くが脱出の暇も無く爆炎に飲み込まれ、栗田司令官以下の第三戦隊司令部もまた同様に同艦と運命を共にした。


 一方、「霧島」と「ワシントン」は壮絶な撃ち合いとなった。

 ともに近距離での戦いなので砲口径による貫徹力の差は大きなファクターとはなっていない。

 三六センチ砲弾であれ四〇センチ砲弾であれ、この距離であれば容易に相手の装甲を貫く。


 勝敗を分けたのは艦としての基礎体力、つまりは攻撃力と防御力の総量の差だった。

 最新鋭艦である「ワシントン」に比べて一方の「霧島」は明治時代に設計、建造が開始された老朽艦だ。

 度重なる改装で装甲を増厚、戦争が始まってからは応急指揮装置を充実させてはきたものの、しかしそれらはいずれも対処療法にしか過ぎない。

 「ワシントン」と同じペースで被害が累増してしまっては、先に参るのは「霧島」のほうだ。

 「霧島」は「ワシントン」に相応の手傷を負わせたものの、しかしそれが限界だった。

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