第51話 戦略的敗北

 「比叡」と「霧島」の沈没、それに第三戦隊司令部の壊滅は連合艦隊司令部や軍令部に大いなる衝撃をもたらした。

 前線の将兵に対してはやたらと敢闘精神を強要する連合艦隊司令部や軍令部も、しかし今回に限っては作戦中止を命令した近藤第二艦隊司令長官の判断を適切なものだったとしてこれを支持している。


 確かに、第二艦隊と第三艦隊が被った損害の大きさを考えれば、戦闘を切り上げるのは妥当ではあった。

 主力の高速戦艦の半数を失っては、とてもではないがポートモレスビーへの砲撃などおぼつかない。

 そもそもとして、四隻の旧式戦艦で同じ数の新型戦艦が張り巡らせた防衛網を突破しようと考えていたほうがどうかしていたのだ。

 それに、空母こそ一〇隻が健在だったが、一方で艦上機隊の損耗は激しく、稼働機の数は危険なまでに減少していた。

 この状態で航空戦備が充実したポートモレスビーに突っ込めば、あるいは艦上機隊は再起不能のダメージを被っていたかもしれない。


 一昼夜にわたる一連の戦闘で第二艦隊と第三艦隊が受けた傷は深い。

 昼間の日米機動部隊同士の戦いでは歴戦の空母「龍驤」が撃沈され、多くの艦上機もまた同様に喪失している。

 特に熟練搭乗員を多数失ったことは痛手であり、艦上機隊の再建は長い期間を要するはずだった。


 続く夜戦では「比叡」と「霧島」の二隻の戦艦が撃沈された。

 この二隻はいずれも複数の四〇センチ砲弾を食らい、そのうち「比叡」は弾火薬庫を撃ち抜かれて轟沈、同艦を旗艦に定めていた栗田司令官をはじめとした第三戦隊司令部もまた全滅した。

 もう一隻の「霧島」のほうは艦上構造物の大半を叩き潰されて炎上、最後は味方駆逐艦の魚雷によって介錯されている。

 それでも、巡洋艦や駆逐艦は一隻の沈没艦もなく、被弾した艦もその多くが中破乃至小破の被害におさまっていたことは不幸中の幸いだった。


 一方、こちらが挙げた戦果としては昼間の機動部隊同士の戦いで空母五隻ならびに駆逐艦一隻を撃沈している。

 このうち、撃沈した時点で艦種が分かっていたのは「エンタープライズ」と「サラトガ」それに「レンジャー」の三隻だった。

 この結果、帝国海軍は米海軍が戦前に擁していた七隻の正規空母をすべて撃沈したことになる。

 残る二隻については救助した米搭乗員の証言から「エセックス」級正規空母一番艦の「エセックス」と、もう一隻は「インデペンデンス」級軽空母一番艦の「インデペンデンス」と判明している。


 それと、捕虜の証言で衝撃的だったのは「エセックス」級空母が一〇〇機の艦上機を運用していること、それに二番艦と三番艦がすでに竣工しているという内容だった。

 捕虜の話を信じるのであれば、「エセックス」級空母は同クラスの日本の空母に比べて四〇パーセント増しの艦上機を運用していることになる。

 また、「インデペンデンス」級空母のほうも巡洋艦改造の小型の船体なのにもかかわらず、運用の不便を忍べば四〇機近くまで搭載が可能ということだったから、こちらもまた「エセックス」級と同様に脅威であることに変わりはなかった。


 一方、夜戦において第二艦隊が撃沈したのは戦艦「ノースカロライナ」とそれに二隻の駆逐艦のみだった。

 それでも第二艦隊の艦艇は残る三隻の米新型戦艦に対して少なくない三六センチ砲弾や二〇センチ砲弾を叩きこんでいる。

 しかも、そのうちの「インディアナ」には魚雷まで命中させていたはずだから、こちらは長期にわたって戦線離脱に追い込んだことは間違いなかった。

 それと、巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇に対しても米機動部隊のそれに対しては爆弾を、米水上打撃部隊には少なくない砲弾を浴びせている。

 ただ、残念だったのは接近戦となって以降に放った魚雷のそのことごとくが早爆によって米艦艇にさらなる打撃を与えることが出来ずに終わったことだ。

 もし、これら魚雷が正常に機能していれば「ノースカロライナ」だけでなく、「サウスダコタ」か「ワシントン」、あるいはその両方を撃沈できたかもしれないのだ。


 いずれにせよ、後に第二次珊瑚海海戦と呼ばれる戦いは日米双方に大きな爪痕を残した。

 だが、勝ったのは明らかに米側だった。

 五隻の空母をはじめ多大なる損害を被ったものの、一方で日本軍のポートモレスビー侵攻作戦を頓挫させ、豪州の戦争からの脱落を防いだのだ。

 この結果、米軍は日本軍を南から突き上げるための航空戦力を豪州に多数送り込むことが可能になった。

 戦争は新たな局面に移行しつつあった。

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