第53話 崖っぷち
昭和一九年三月、機動部隊の第三艦隊と水上打撃部隊の第二艦隊が編合、第一機動艦隊が編制された。
そのような中、「祥鳳」艦長の有賀大佐は第三艦隊司令部に出頭していた。
「忙しいところわざわざ済まんな。互いに忙しい身だからな、手短に済まそう」
第一機動艦隊参謀長の古村少将はざっくばらんな態度で有賀大佐を出迎える。
階級こそ違うが二人は海兵同期であり、よく知った仲だった。
「戦局は極めて重大な局面に入った。大本営ならびに連合艦隊司令部は早ければ六月、遅くとも八月にはマリアナに米軍が来寇するものと判断している」
古村参謀長の言葉に有賀大佐は小さく首肯し先を促す。
昨春に生起した第二次珊瑚海海戦で帝国海軍はポートモレスビーの攻略こそ成らなかったものの、一方で米空母を一度に五隻も撃沈するという大戦果を挙げた。
このことで、米軍は少なくとも一年は積極的な動きを見せることはないと見積もっていたのだが、しかしその帝国海軍の予想は大きく外れることになった。
第二次珊瑚海海戦から半年と経たないうちに、まず南鳥島が新編なった米機動部隊から空襲を受ける。
また、この時にF6Fヘルキャットと呼ばれる新型戦闘機の存在も確認されている。
米軍の反攻は多方面にわたり、北はアリューシャンから南はギルバート諸島にまで至った。
日本軍守備隊は奮闘するも、物量に勝る米軍の力押しには抗しえなかった。
兵力不足に悩む日本軍はマーシャルならびにガダルカナルから兵力を引き揚げ戦線縮小を図る。
反撃密度を上げ、米軍の来寇に備えるためだ。
だがしかし、その日本軍の努力を嘲笑うかのように米機動部隊は西太平洋を跳梁、先月にはついにその触手をトラック島にまで伸ばし、空襲と艦砲射撃によって同地は事実上その価値と戦力を喪失した。
「次に米軍がどこに来るのかを軍令部ならびに連合艦隊司令部は敵信傍受などによってほぼ正確につかんだ。連中はマリアナに来る。先ほども言った通り、時期は早ければ六月、遅くとも八月以降になることはまず無いはずだ」
自信ありげな古村参謀長に有賀艦長は端的に問う。
「それで、『祥鳳』の役どころは?」
有賀艦長が知る限り、米軍が取り得る選択肢は豊富なはずだった。
マリアナではなくパラオを攻めてもいいし、あるいは戦力がガタ落ちした今のトラック島であれば攻略も容易にやってのけるはずだ。
だが、軍令部や連合艦隊司令部の俊英たちは米軍はマリアナに来ると判断している。
一艦長の身では知りえない情報を彼らは掴んでいるのだろう。
ならば、自分は「祥鳳」が求められている役割を知り、その準備に万全を期すだけだ。
「『祥鳳』は『千歳』と『千代田』それに『瑞鳳』とともに一時的に前進部隊、つまりは第二艦隊に臨時編入したうえで水上打撃部隊と行動を共にしてもらう」
「要するに戦艦や重巡に戦闘機の傘を差しかける防空艦としての役割か?」
「『祥鳳』が全戦闘機空母として活動してもらうことは間違いない。だが、それら戦闘機は攻撃兵力としてだ。
先に言っておくべきだったな。
もはや我々は攻めながら守るとか、あるいは守りながら攻めるといった中途半端が許されるような状況にはない。米軍との力の差、特に搭乗員の数と技量の差があまりにも隔絶してしまったからな。だから、我々に許されるのは戦力のすべてを守りに費やすか、あるいは攻めに全力を投じるかの二択だ。そして、我々は攻めることを選択した。
つまりはこちらはノーガードで相手を殴りつける。『祥鳳』と『瑞鳳』それに『千歳』と『千代田』の乗組員には済まないと思っている。だが、米軍に勝つにはこれしかないのだ」
古村参謀長の言うように、帝国海軍と米軍の差は大きく開いてしまった。
米軍は昨年のうちに零戦を上回る戦力を持つ新型戦闘機を投入しており、戦艦についても「ノースカロライナ」級や「サウスダコタ」級を上回る大型艦が存在することをトラック島空襲の際に確認している。
米潜水艦による被害も昨年後半から激増し、商船だけでなく護衛の艦艇までが毎日のように失われているという。
古村参謀長の説明を受けて有賀艦長は改めて思い知らされる。
第二次珊瑚海海戦から一年と経っていないのにもかかわらず、帝国海軍はここまで追い込まれてしまったのだと。
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