第二次珊瑚海海戦
第39話 海軍甲事件
インド洋から本土へと戻ると同時に「祥鳳」は整備と併せて飛行甲板の延長工事を実施した。
高速大重量化する艦上機に対応するための措置で、このことで一八〇メートルだった飛行甲板は一九五メートルとなり、さらにこれとは別に対空能力向上のための機銃の増設も施されている。
そのような中、森下艦長は次期作戦の説明を受けるために第三艦隊司令部を訪れていた。
「帝国海軍は再度ポートモレスビー攻略を目指し、連合艦隊の総力を挙げてこれを決行します。おそらくこれが豪州を戦争から脱落させることが出来る最大にして最後の機会となる。決して失敗の許されない重大な一戦になるのは間違いのないところです。そこで歴戦の『祥鳳』には全戦闘機空母としてその先鋒を務めていただきたい」
山田参謀長の言葉を頭に入れつつ森下艦長は手元の編成表に目を落としている。
第三艦隊
甲部隊
「翔鶴」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一二、二式艦偵六)
「瑞鶴」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一二、二式艦偵六)
「飛龍」(零戦三六、九九艦爆一二、九七艦攻九)
「蒼龍」(零戦三六、九九艦爆一二、九七艦攻九)
重巡「利根」
軽巡「神通」
駆逐艦「秋月」「照月」「涼月」「初月」「長波」「巻波」「高波」「大波」
乙部隊
「赤城」(零戦三六、九九艦爆一八、九七艦攻一二)
「隼鷹」(零戦二七、九九艦爆一二、九七艦攻九)
「飛鷹」(零戦二七、九九艦爆一二、九七艦攻九)
「龍鳳」(零戦一八、九七艦攻六)
重巡「筑摩」
軽巡「那珂」
駆逐艦「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」「黒潮」「親潮」「早潮」
第二艦隊
戦艦「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」
重巡「愛宕」「高雄」「妙高」「羽黒」「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」
軽巡「阿賀野」
駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「谷風」「浜風」「萩風」「舞風」「嵐」「野分」
※第三艦隊から臨時編入
「龍驤」(零戦二七、九七艦攻六)
「祥鳳」(零戦二七)
「瑞鳳」(零戦二七)
山田参謀長の言わんとするところは森下艦長も理解出来る。
豪州にとっての西の守り神である東洋艦隊は第二艦隊と第三艦隊の前に敗退し、インド洋から一掃された。
ここで、さらに東の守り神である太平洋艦隊を叩けば、豪州が頼りとする戦力は無くなる。
そこに付け込んで、豪州に講和を持ちかける。
もし、それがかなえば日本軍は連合国空軍戦力の南からの突き上げを食らわずに済む。
しかし、山田参謀長の言葉には納得出来ない部分もあったし、その確認が必要だった。
「参謀長は全戦闘機空母として先陣を切れとおっしゃるが、この編成を見る限り、『祥鳳』は第三艦隊の正規空母の弾避けにしか見えない。違いますか?」
「さすがに実戦をくぐり抜けてきた艦長には美辞麗句は通用しませんな。おっしゃる通り、私も艦長の解釈が自然だと思います」
山田参謀長の直截な物言いに森下艦長も苦笑を隠せない。
二人とも知っているのだ。
この編成は第二艦隊や第三艦隊司令部が決めたものではなく、彼らの上位組織である連合艦隊司令部かあるいは軍令部の意図を反映したものであることを。
だから、一参謀長や一艦長がとやかく議論したところで意味は無い。
むしろ、時間の無駄でしかなかった。
森下艦長の態度に安堵したのか、山田参謀長は声をひそめて話題を旋回させる。
「海軍甲事件のことに関連して『祥鳳』に関する妙な噂が流れていることを艦長はご存知か」
山田参謀長が言う海軍甲事件とは去る四月一八日に起こった航空機事故のことだ。
トラック島から本土に出張する連合艦隊司令部の参謀らを乗せた連絡機が離陸直後に墜落、黒島先任参謀や渡辺戦務参謀をはじめとした乗員乗客全員が死亡した。
多数の連合艦隊司令部スタッフが一時にして失われるという前代未聞のこの事故は海軍甲事件という呼称とともに帝国海軍内でもずいぶんと話題になった。
当然のことながら、森下艦長もまた耳にしている。
「帝国海軍の将来を嘱望されたエリートたちが大勢失われたことについては私も残念に思っています」
彼らの死については正直、森下艦長は含むところがあったが、しかしとりあえずは当たり障りの無い言葉を紡いでおく。
生死の話はデリケートだ。
言葉を慎重に選ぶ必要がある。
だが、山田参謀長の口から出た言葉は森下艦長の想像外もいいところだった。
「彼ら、というよりは黒島参謀が死んだのは『祥鳳』の祟りではないかという噂があるのです」
「へっ?」
山田参謀長の突拍子もない言葉に、森下艦長は素っ頓狂な声をあげていた。
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