第40話 祟る空母
黒島参謀のことは森下艦長も知っていた。
先任参謀として連合艦隊が立案する作戦に開戦前から深く関与し、連合艦隊司令長官の山本大将の覚えもめでたい人物だったはずだ。
ただ、現場の士官らの評判はさほど芳しいものではなかった。
特にミッドウェー海戦では空母戦力を分散し、そのうえ戦艦部隊を機動部隊の遥か後方に置くなどセオリー無視、もっと言えば意味不明の作戦が目立った。
ミッドウェー海戦では早い段階で「祥鳳」索敵機が敵機動部隊を発見したから判定勝ちあるいは辛勝に持ち込むことが出来たが、そうでなければ当時の第一航空艦隊は大敗を喫していたというのが衆目の一致するところだ。
ただ、黒島参謀の死と「祥鳳」がどう結びつくのかが森下艦長には分からない。
だから、直截に尋ねる。
「黒島参謀の死と『祥鳳』とどういう関係があるのですか」
祟りという言葉を使わず、穏当な表現をもって森下艦長は山田参謀長に尋ねる。
「昨年の珊瑚海海戦と今回の作戦はともに『祥鳳』が囮として矢面に立たされています。実は両作戦ともにその立案に関与したのが黒島参謀だったらしいのです」
山田参謀長は声をひそめて、さらに話を続ける。
「第二次ソロモン海戦では『祥鳳』は『瑞鳳』とともにガダルカナル島の飛行場を攻撃することで米機動部隊を釣り上げる餌としての役割を押し付けられた。そして、それを強要した当時の第三艦隊司令部は敵急降下爆撃機によって全員が戦死した。そして今回の一件です。偶然にしてはいささか出来過ぎている。そう考えている、あるいは噂している将兵が大勢いるのです」
科学を信奉するはずの帝国海軍において、だがしかし非科学的な神仏や悪霊への崇拝あるいは畏怖は根強く残っている。
船乗りには信心深い者が多いが、あるいは帝国海軍将兵もまたその例には漏れないのかもしれない。
いずれにせよ偶然が重なれば、それは人外の力だと考える者も少なからず出てくることは想像に難くない。
「当時の第三艦隊司令部が『祥鳳』に強要したかどうかまでは知りませんが、確かに当時の戦闘詳報を読む限りにおいては『祥鳳』と『瑞鳳』の配置は明らかに囮だったとは思います。ただ、こう言っては何ですが、いくら『祥鳳』が『マルチ祥鳳』とは言っても呪術や呪殺はさすがに専門外ですよ」
「ただ、『祥鳳』が神懸かっていることも事実です。ミッドウェー海戦で絶体絶命だったはずが敵にスルーされ、第二次ソロモン海戦では『瑞鳳』より遠い位置にいたことで被弾を免れた。また、珊瑚海海戦では『龍驤』とともに弾避けにされながらも敵機動部隊が当時の我が艦隊の側背を突いたことで助かっている。
もし、珊瑚海海戦で敵機動部隊が正面から押し出していれば間違いなく『祥鳳』と『龍驤』は撃沈されていたはずです。そして、インド洋での東洋艦隊との戦いでもまた『祥鳳』は無傷で生還した」
山田参謀長の言う通り、これまで「祥鳳」はすべての機動部隊同士の戦いに参加し、そして一度たりとも被弾することは無かった。
今や「呉の『雪風』、佐世保の『時雨』、横須賀の『祥鳳』」という言葉を知らぬ帝国海軍軍人はいない。
この三隻は武勲艦あるいは幸運艦として帝国海軍に名をはせてはいるが、その中でも「祥鳳」は別格だ。
「真っ先に狙われるはずの空母にあって『祥鳳』がいまだ無傷を保っているのは奇跡にも等しいというか、ある意味で神か悪魔の所業だと言ってもいい。そのような艦であれば、自分に牙を向けてきた人間の一人や二人始末することなど造作も無いと考える粗忽者が少なからずいるのでしょうな」
苦笑しながら話す山田参謀長に対し、森下艦長は何とも言えない気持ちになる。
戦力の小さな改造小型空母に過大な期待をかけられるのも負担だが、逆に祟りだとか言って恐れられることもまた困りものだ。
「『祥鳳』が無事なのは慶賀の至りですが、しかしそれ以外のことはさっぱりうまくいきませんな」
嘆息する森下艦長に山田参謀長は同意の首肯を返す。
山田参謀長にとっても名声が大きくなり過ぎた「祥鳳」は、正直言ってかなり扱いづらい存在だったのだ。
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