第41話 お尋ね者

 再びポートモレスビーを狙って蠢動を始めた連合艦隊。

 一方、それを迎撃するために集められた太平洋艦隊の艨艟たち。

 しかし、その主力をなす空母はまさに寄せ集めと言ってよかった。

 ニミッツ太平洋艦隊司令長官から手渡された編成表を見つめるハルゼー提督はその眉間に深い皺を寄せている。



 第一一任務部隊

 「エセックス」(F4F六〇、SBD三六、TBF九)

 「サラトガ」(F4F四八、SBD三〇、TBF九)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第一二任務部隊

 「エンタープライズ」(F4F四八、SBD三〇、TBF九)

 「レンジャー」(F4F四八、SBD三〇)

 「インデペンデンス」(F4F二四、TBF九)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第一五任務部隊

 戦艦「サウスダコタ」「インディアナ」「ワシントン」「ノースカロライナ」

 軽巡四、駆逐艦一六



 本来、合衆国海軍は同型艦を数多くそろえて均質な部隊を大量編成、その物量をもって相手を押し潰すのを本旨としていたはずだ。

 しかし、今回集められた空母はその型式がすべてバラバラだった。

 つまりは艦上機の運用能力はもちろん速力や航続力、それに運動特性が違うから補給計画が立てにくいし、実際の艦隊運動も事前の細かな訓練や調整が必要となる。


 幸いだったのは空母以外の艦艇のほうはそれなりに粒ぞろいだったことだ。

 戦艦は新型の「サウスダコタ」級かあるいは「ノースカロライナ」級、巡洋艦は「クリーブランド」級か「アトランタ」級で固めている。

 駆逐艦はそのいずれもが新鋭の「フレッチャー」級であり、さらに編成表には記されていないが、珊瑚海に展開している潜水艦はそのほとんどが新しい「ガトー」級だという。


 「最悪のタイミングで災厄が押し寄せてくるってわけか。あと一月くらい待てねえもんか」


 「気持ちは分かる。あと一月あれば『エセックス』級と『インデペンデンス』級のそれぞれ二番艦が戦力化されるからな。そうなれば少なくともあと一三〇機程度は上積みが出来たはずだ」


 ハルゼー提督の愚痴のような指摘にニミッツ長官が苦々しい表情で同意する。

 日本軍がこの時期にポートモレスビーに侵攻を開始しようとしているのは、年始に生起した第二次インド洋海戦を受けてのことだろう。

 この戦いで東洋艦隊は敗退し、豪州の西側は完全に無防備となってしまった。

 日本軍は浮足立つ豪州にさらに揺さぶりをかけるべくその強大な戦力を振り向けようとしているのだ。


 一方、太平洋艦隊に戦いを避けるというオプションは無い。

 西の守護神である東洋艦隊無き今、東の守護神である太平洋艦隊が連合艦隊から逃げるようなことがあれば、豪州はかなりの確率で日本との単独講和に応じるはずだ。

 そうなってしまえば合衆国の対日戦略は根底から見直しを迫られ、つまりはさらなる長期戦の泥沼に足を取られてしまいかねない。


 「それにしても今回は戦闘機がやたらと多いな。一方で雷撃機が極端に少ない」


 「これまで日本艦隊との戦いでは常に戦闘機の数で後れを取ってきたからな。それに、現状の空母部隊では対艦打撃能力と制空権獲得能力の両方を備えることは不可能だ。そして、どちらを優先すべきかもまた明白だ。つまりは、そういうことだよ」


 機動部隊指揮官らしいハルゼー提督の指摘に、ニミッツ長官は窮余の策だよと自嘲あるいは自虐の色を表情に浮かべながら答える。


 (部下に十分な戦力を用意してやれないことを気にしているのか。まあ、ニミッツらしいと言えばそうなのだろうが)


 胸中でニミッツ提督の気持ちを忖度しつつ、ハルゼー提督は次の言葉を待つ。


 「それと、今回についてはミッドウェー海戦の時と同様、敵の空母だけを攻撃してもらいたい。中でも『祥鳳』を叩くことが出来れば理想なのだが、戦場での艦種識別は困難だろうからそこは無理をしなくてもいい」


 「『祥鳳』か。俺も噂は聞いているぞ。確かミッドウェー海戦から現れたっていう働き者の空母だったな」


 「そうだ。すべての機動部隊同士の戦いに参加し、他の空母が撃沈破されるなかにおいてまったくの無傷で乗り切ってきた悪運の強い空母だ。現在、日本海軍ではその『祥鳳』が将兵たちの精神的支柱になっているらしい。『マルチ祥鳳』という二つ名とともにな」


 「つまり、俺に課せられた任務はポートモレスビーを守るとともに、可能であれば日本海軍将兵の心の背骨を叩き折るということだな。まあ、俺も珊瑚海海戦で『ホーネット』を沈められた借りがある。小型の空母らしいが復讐の相手としては不足はねえな」


 そう言ってハルゼー提督は獰猛な笑みを見せる。

 潰すべきターゲットがはっきりしたことで、戦力の不安はどこかに消し飛んでいた。

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