第45話 とばっちり

 帝国海軍の一一隻の空母にはそれぞれ二個中隊合わせて一九八機の零戦が直掩として用意されていた。

 通常であれば上空警戒と即応待機、それに整備補給の三直態勢なのだが、米機動部隊が放ったと思しき索敵機に発見された時点で二直態勢に移行していた。


 電探が米編隊を発見した時点で上空にあった九九機の零戦がただちに迎撃に向かう。

 英国や米国ほどには洗練されていないものの、それでもこの時期には帝国海軍もまた航空管制を実施していた。


 一方、米攻撃隊は護衛戦闘機を総動員して零戦に対する阻止線を形成する。

 攻撃隊に随伴してきた一〇八機のF4Fワイルドキャット戦闘機の搭乗員は航法に優れたベテランが多かった。

 そのことで、実戦経験を積み重ねてきた零戦の搭乗員とも互角に渡り合うことが出来た。

 その結果、彼らは九九機の零戦を拘束することに成功する。


 F4Fの奮闘のおかげで零戦の防衛網を突破したSBDドーントレス急降下爆撃機はここで二群に分かれる。

 第一一任務部隊の六六機は「祥鳳」が存在すると予想される水上打撃部隊に、第一二任務部隊の六〇機はその後方にある四隻の空母を基幹とした機動部隊を目指す。


 第二艦隊に真っ先に向かってきたのは「サラトガ」から発進した三〇機のSBDだった。

 これに対し、「祥鳳」隊それに「瑞鳳」隊の一八機の零戦が立ち向かう。

 「龍驤」隊の九機は新手の出現に備えてこの戦闘には参加していない。


 「サラトガ」のSBDは回避機動や防御機銃で零戦に対抗しようとする。

 しかし、急降下爆撃機と戦闘機とではあまりにも速力や運動性能に差があり過ぎた。

 そのうえ、SBDは腹に重量物の一〇〇〇ポンド爆弾を抱えているからさらに機動力は低下している。


 そんなSBDに零戦は容赦無く二〇ミリ弾を突き込んでいく。

 長銃身の二号機銃から吐き出される高初速の二〇ミリ弾の威力は圧倒的で、一連射を食らっただけでSBDは機体に大穴を穿たれあるいは翼を叩き折られて次々に珊瑚海の海面へと激突していく。


 「祥鳳」と「瑞鳳」の零戦隊が「サラトガ」のSBDを食いまくっている間に「エセックス」から発進した三六機のSBDが第二艦隊上空に姿を現す。

 「龍驤」隊の零戦が慌てたように急迫、攻撃を開始する。

 しかし、四倍もの数の敵を阻止することはかなわず、「エセックス」隊の半数を撃墜あるいは撃退するのが精いっぱいだった。


 零戦の魔手を逃れ、生き残ったSBDは全機が「龍驤」を攻撃する。


 第一一任務部隊の旗艦である「エセックス」の搭乗員は同部隊指揮官であり総指揮官でもあるハルゼー提督から直々に「祥鳳」を仕留めろとはっぱをかけられていた。

 「祥鳳」は戦争が始まってから完成した艦であり、合衆国が入手し得た情報はさほど多くない。

 小型の改造空母であること、そして今では日本海軍の精神的支柱になっていることの二点のみだ。

 だから、「エセックス」の搭乗員は眼下にある三隻の空母のうちの中央の艦を狙った。

 日本海軍の精神的支柱であれば、その艦は中央に配置されるだろうという読みからだ。


 だが、そこにあったのは「祥鳳」ではなく「龍驤」だった。

 「龍驤」は第四航空戦隊の旗艦であり、それゆえに右斜め後方に「祥鳳」、左斜め後方に「瑞鳳」を従えた陣形で航行しており、その状態でSBDの襲撃を受けたのだ。

 「龍驤」零戦隊によって二〇機以下にまで撃ち減らされたSBDは、それでも闘志が衰えることもなく「龍驤」に急降下爆撃を仕掛ける。

 「龍驤」は高角砲や機銃を総動員し、SBDの投弾を躱すために必死の回避運動に努める。


 しかし、二〇発近く投下された爆弾から完全に逃れられる道理もなく四発を被弾してしまう。

 一〇〇〇ポンド爆弾の威力は強烈で、飛行甲板や格納庫にいた将兵をことごとくなぎ倒してしまった。

 飛行甲板は吹き飛び、格納庫は猛煙に巻かれ、その下にある機関室にまで火が入る。


 一万トンそこそこの小型空母が短時間のうちに一〇〇〇ポンド爆弾をしかも四発も食らってはたまらない。

 開戦時と比べて格段に強化されたダメコンもここまで派手にやられてしまえばそれこそ焼け石に水のようなものだ。

 水線下への被害を免れているために「龍驤」は沈む気配こそ見せていないが、それでも彼女が致命傷を被ったことは誰の目にも明らかだった。

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